「それにさ、感謝してるんだよ、ホント」





私と界人、2つ分のマグカップを持って、界人はコタツを立ってくるりとキッチンの方へ踵を返す。





「俺って本当ダメダメだったから。美和になんか言われるたびに、あぁ、これじゃあダメだって思ってさ。大きくなってからも時々美和の説教を思い出して、そのたび頑張ろうって思ってた」

「……」





キッチンに歩いていった界人が、ドアを開けっ放しにしたまま洗い物を始める。







「バンドだってそう。引っ越しの時の美和の説教がなかったら、絶対こんなに続けてなかった」

「……え」







―――界人のセリフが、突然私の心にすっ…と降りてきた。







【何でも、何事も、3年続けろ。それで合わなきゃ、やめていい】





あの元担任のフレーズを丸パクリした説教。それは、あろうことか界人のバンドと、繋がっていたという。





「……」





私は唖然として、マグカップを洗っている彼の横顔を見上げた。





「ギター始めて、最初は全然弾けなくてさ。指は動かないし、弦で切って血まみれになるし。ツラいこともいっぱいあって、『ギターなんてヤメてやる!』って、何度も思ったんだけどさ。それでも高1からとりあえず、3年やって。そんで気づいたら弾けるようになってて、バンドも組めて、今はちょっと、成功もしてる」





シンクに目を落とす界人の懐かしむような表情に、私は釘付けになった。





「今んトコ、全部美和の言った通りになってて。3年続けてよかったって。今はマジでそう思ってる」






最初の1年で「やり方」が分かる。

次の1年で「抜き方」が分かる。

最後の1年で「愛し方」が分かる。





彼はバンドを始めて、私の説教を律儀に守ってきたのだという。





本当は弱くて、何の頼りがいもない、ちっぽけな私なんかの言葉を、一言一句忘れずに。








「だから、美和に会うたび思うんだよね。『やっぱり美和はすごいなァ』ってさ」







開け放たれたドアの向こうのキッチンから界人がそう言ったかと思うと、かなり近くでガガーン!と、大きな雷鳴が轟いて。





刹那、フッ…。と、部屋の電気が切れ、辺りが真っ暗になった。






停電だ。





「うわぁっ。なに、ブレーカー?あ、停電か!」





少し離れた所から、界人の慌てた声が聞こえてくる。





「美和ぁっ、大丈夫?」

「うん、平気」





――返答しながら、助かった、と思う。





外の大雨と同じくらいに、止まらなくなってしまったこの涙を、





界人に見せるわけには、いかないから。