「バンドのことで悩むって?曲作りとか?」

「ううん、なんていうか、俺の問題」

「…ふぅん」






…界人の言葉から、界人の悩みを探るのは少し難しくて。そもそも界人が話したがっているのかも、その場では判然としなかった。だから、私はわざと、昔の話を彼に振った。





「…あのさ、覚えてる?私、中一の時、家出してさ?」

「え?…あ!あったあった。夏だったよね。すごく暑くてさ」

「あれ、界人探しに来てくれたじゃん。なんで?」





それは、もう10年くらい前の出来事になる。お母さんとケンカして、家出して。絶対に見つからないと思って隠れた神社の秘密基地。





それを、簡単に界人に突き止められたことがあった。





界人は当時小学5年。中学に入ったばかりの私とは、随分疎遠になっていたはずなのに。





「すごく不思議だった。界人が来てくれたこと」





界人は私の問いかけで顔を上げると、はにかんでまた目を伏せた。





「アレは、その。なんていうか…たまたまっていうか」

「……」





たまたま。





そう界人は言った。色々な所を探し回ったうちの1つに私が居て、見つけた、ということか。





「イヤ、うーん。じゃあ、“たまたま”とも、ちょっと違うのかな」





私の質問にまたかぶりを振って、少し考える様子を見せた後、界人は「多分ね」と前置きして、話し出した。






「…俺って昔、なよなよしてたじゃん?いや、まァ、それは今もなんだけど。とにかく、昔の俺っていつもいじめられてて、美和にいつもくっついてた。で、そのたびに怒られてさ。『カッコ悪い!』っつって」





今でも思い出す。「カッコ悪い」とか、「弱い」とか、「嫌い」とか言うたびに、びーびー泣き出す界人は、当時本当に情けなく見えた。






「で、俺があまりによくいじめられるもんだからさ、多分美和は見かねて言ったんだと思うんだよね。『秘密基地、教えてあげる』って。そこは美和しか知らない秘密基地で、誰にも絶対見つからないって。だから、辛いことがあったら、そこに来なって。小学校に上がりたての頃かな。2人で行ったのは、1回だけ。すっごくキレイで、涼しくて。今でも憶えてる」





マグカップに目を落として、昔を語る界人。表情は、とても穏やか。





コーヒーの湯気がふわりふわりと界人の頬を優しくかすめて、彼の凛と整った顔立ちを幻想的に彩っている。






「それから何年か経って、美和が家出したって聞いたとき、ふって思ったんだよね。『あそこかな』って。行ってみて違ったらそれでいいけど、もしそうだったら『あそこ』は俺しか見つけられない。そんなこと考えてたんだと思う。気が付いたら家飛び出して、走ってたワケ。あとで親には散々怒られたけど。ハハハ」





──あの時私は、世界中の全てが敵になったような、最悪な気分だった。





誰も私を分かってくれない。自分さえも自分が分からない。そんな気分。





それをぶち壊してくれたのは、当時小5だった界人で、あの瞬間は確かに、彼にしか私を見つけることは出来なかったのだ。