「コタツの上だけだね、片付いてるの」

「一応楽譜も片付けたんだけど…」





「あのソファーに散らばってる紙の山のこと?」

「さっきまでは片付けてあったんだよ」

「そういうのは『片付けた』とは言わないの。『積んだ』って言うの。『積んだ』から『崩れた』の」






──私としては、ここまで頑張る界人を、とてもかっこいいと思っていたのだけど。





なんというか、それを面と向かって言うのは気恥ずかしくて。それに代わる言葉をあれこれ選んでいるうちに、てんで的はずれなセリフになったり、偉そうな説教になったり、単なる暴言になったりと、私の心の内が界人に直接伝わることは、実際あまりなかったりした。




「ぎ、ギターもベースも踏まないところにちゃんと置いたし!」

「普段うっかり踏んでるみたいな言い方ね、それ」





「……」

「ホントに踏んでるんかい」





「ふ、踏んでない踏んでない!たまに蹴るけど」

「ギタリストがギター蹴っていいわけ?」





「う…だってコタツで曲作ってて気が付いたら寝ちゃってさ」

「起きて寝惚けて蹴るってことね」





「え!なんで分かるの?」

「はは。分かるよ、そりゃあ」





界人は、かっこいいね。頑張ってて、すごいね。





たったそれだけのことが言い出せずに、再会してから半年経った。





言い出せずに、というと、少し語弊があるかもしれない。





それは、少しでも「言わなければならない」と思っている場合の表現なのだから。





この時の私は界人になにか言おうとも、思っていることを伝えようとも、別に考えてやしなかったのだから。





界人をかっこいいとは思っていたし、




頑張ってるなとも思っていたし、




すごいなぁとも思っていた。





だけど、そんな当たり前のことを言うよりも、私は界人と昔みたいな調子で喋ることに心地よさを感じていたわけで。






「とりあえずシャワー借りるわ。ジャージとか、スウェットとか、何でもいいから出しといてくれる?」

「え、はっ!?」






「何。ないの?着替え」

「い、いや、あるけど」






「んじゃヨロシク。覗くなよ」

「そ、そんなことしないって!」





…とまぁ、こんな具合に界人をからかって、そのたびにわたわた慌てる界人を見て。






「はは。冗談冗談」

「もう…お湯の調整難しいから気をつけてね」





慌て終わってから首を傾げて苦笑する界人を見て、勝手に満足していたのだ。





──いちどタンスに貼ってしまったキャラクターシールは、思いの外はがすのが億劫(オックウ)で。





跡になるのがイヤで、イヤで、仕方がなかった私は、本当に臆病な人間だ。





それでも、この心地よさを失ってしまうのが、当時の私は本当に怖かったのだと思う。





「じゃあ、ごめん、先シャワー借りるね。コーヒー温め直しといて」

「オーケー。ごゆっくり」






界人の変わらない微笑みを見ると、心にざぁっとさざ波が立つ。





なんて弱いんだ、私は。と。





界人に分からない心の中で、自己嫌悪する。