部屋に足を踏み入れてすぐ、淹れたてのコーヒーの香りが鼻を刺激した。




暖房が利き始めた界人の部屋は、玄関から入って正面の突き当りがリビング。リビングまでの廊下の左右、左手の壁沿いに簡易なキッチン、右手はバスルームという、典型的な学生アパートの間取り。





彼が大学生であることを考えれば、可もなく不可もないスペックの、まぁ人ひとりが生活するにはなんの障害も不満もない部屋ではあった。





けれども、リビングにはバンドマンである界人自身の「生活感」というやつが、いやというほど滲み出ていた。





リビングに続くドアを開けて、右手の角の大きめのソファーの上には、バンド譜と見られる紙が山崩れを起こしていて。その脇には銀のお洒落なスタンドに、真紅のエレキギターと渋い深緑のベースギターが立て掛けてある。





左手の壁際に目をやると、簡易ベッドのすぐ隣に、その辺のホームセンターで叩き売られてるような安っぽい白い本棚。その中には漫画と楽譜と参考書がそれぞれてんでバラバラに押し込められていて。





正面の窓を通せんぼするように置かれた大きな段ボール箱の上には、22インチのテレビが一台。その横には数多のミュージシャンやバンドのライブDVDが、うずたかく積み上げられていた。





そして、部屋のまん真ん中に、小綺麗なコタツがちょんと置いてある。なぜだかそのコタツの上だけは殺風景で、コーヒーのマグカップが2つ、温かそうな湯気をふわふわとあげていた。





想像通り雑多で、物が多くて、片付いているとはお世辞にも言えやしない界人の部屋。





界人本人が「片付けた」と言ってコレなのだ。普段の散らかり具合は想像に難くない。





「『部屋』って言うより、『倉庫』って感じだね」

「ひどっ!」





私の暴言に、顔を情けなくくしゃっと崩して抗議する界人。





──でも、逆を言えばこの部屋は、界人が音楽に没頭している確かな証ではあった。





ギターに、ベースに、楽譜に、ライブのDVD。漫画だってよく見たら一昔前に流行したバンドを題材にした有名な漫画。コタツの下にひいてあるカーペットは五線譜とギターをあしらった音楽柄だし、ふたつの白いマグカップには可愛らしい音符がワンポイントで印刷されている。





部屋の中にあるモノというモノの全てが、バンドに関わる何かなのだ。もしもこれらを端から取っ払ってしまえば、界人の部屋には机と、本棚と、テレビだけになってしまうと言ってもいいくらい。





界人がいかに音楽に一生懸命で、音楽を愛していて、音楽のことしか頭にないかを、当の本人よりよっぽど雄弁に語った部屋だなと思った。






だからこの部屋は界人が「バンドマン」である証拠で、私も本当に倉庫みたいだと思ってその暴言を吐いたワケではないし、むしろ「バンドマンらしい部屋だね」くらいの意味で口にしたセリフだった。





「やっぱりもうちょっと片付ければよかった…」





それでも私の真意が彼に伝わるはずもなく。界人は無駄に傷つき、がっくりと肩を落とす。まぁ、それも割と昔からのことだし、私の言葉が足りないことと、私の言葉が乱暴なのがもっぱらの理由ではあったのだけど。