「いいの?店長帰っちゃったけど」

「あぁ。鍵も持ってるし、閉店作業もできるし、片付けも終わってるし、大丈夫」





12月も半ばを過ぎて、冬の寒さが一層身にしみる。
お店の外側、一日中陽の当たらない駐車場の端っこには、先週降った雪がまだ溶けずにちょこんと積もっていた。





「そうじゃなくて。あたしがここに居てもいいのかって話。とっくに閉店でしょ?」

「店長がいいならいいんじゃない?」






そんな冬の厳しい寒さも、冷たさも、このお店に入ると嘘のように忘れてしまう。もちろん暖房が効いているのもあるのだろうけど。






「謎に気に入られちゃったな。私ただの客だし、あんま客単価も高くないのに…。悪い気はしないけど」

「ハハハ。はい。コーヒーおかわりね」

「ありがと」





うまく表現はできないけれど、お店の「温かさ」が、ここにはあった。店長の人となりに留まらず、店内に流れる有線や、テーブルや小物の配置・デザイン。さらにはお客さん自身の存在も相まって。





このお店は絶妙なバランスで、私たちに快適な空間を提供しているのだ。それは結局「温かさ」という言葉では説明しきれていない。





「そういえば、なんかレジで書類見てたよ、店長」

「アレね…。売上明細。売上低いと本社から連絡来るヤツ」







「あらら」

「理由と今後の対策を書いて本社にファックスしろって」







「それって店長の仕事じゃないの?」

「普通はね。ハハハ…」






それはつまり「雰囲気」と言ってしまうしかないのだろうけど、それで片づけてしまうにはもったいないと思ってしまうほど。





それほど、このお店は魅力的な空間だった。





「バイトにそんな大事なことやらせて…まぁアレか。それだけ界人が信用されてるってことか」

「信頼ね」






「意味一緒でしょ、ソレ」

「微妙に違うらしいよ」






「どう違うのよ」

「忘れた」





悩みも、疲れも、不安も、焦りも。






このお店はまるで魔法みたいに容易く吹き飛ばしてくれる。





だから私はこの異質で不可思議なファミレスが大好きで。





心の拠り所と言ってもよかった。





「潰れないといいなぁ、ココ」





だから、私がこのタイミングで呟いた一言は本当に掛け値無しの本心に違いなかったわけで。





だからこそ、その瞬間ゴロゴロ…ガァン!と、すさまじい爆音が響いて、直後恐ろしい勢いで雨が降り出したことは、2年とちょっと立った今でも鮮明に覚えていて。





「……は?」




と、私が声を漏らして、それを見た界人が爆笑し。腹立ち紛れに界人の頭をグーでどついたことまで、昨日のことのように思い出せる。





──マジでなんだったんだ、あのタイミングは。