界人が引っ越すことは、割と前から知っていて。




少し離れた隣県の街に行くのだと、お母さんから聞いていた。





この時私は高校最初の定期テストが終わって、解放感と絶望感にひと通り浸り終わったそんな時期。





ふと思い立って、久しぶりに界人を呼び出した。





「美和ァ!」

「遅い」






家から自転車で15分程の場所にある、年季の入った地元の神社。





鳥居をくぐって少し歩き古めかしい石段を上りきると、大きなソメイヨシノが何百枚もの立派な緑の葉をつけて、格好の日差しよけになってくれている。





ソメイヨシノの木に寄りかかって携帯電話を触っていた私の前に、界人がタッタッタッ…と、全力疾走で近付いてきたのは、約束の15時をやや回った頃だった。





私が高1だから、当時の界人は中学2年。





「ごめん!掃除当番が長引いて」





界人は立ったまま両膝に手をついて、はぁ、はぁ、と、必死に呼吸を整えていた。





成長途中と見られる界人の背丈は、まだ私には届かない。ちょっと大きめの学生服に身を包んだ界人は14歳になっても未だに「小さくて弱っちい界人」の肩書を拭えずにいた。





「引っ越し、いつだっけ?」

「え?」






「引っ越すんでしょ?」

「あ、う、うん」





──私のやたら高圧的な物言いも、今考えると一体何様だと言いたくもなるのだけど。





それにいちいちビクッと肩をすくめる界人も界人だと、今になってもそう思う。





「来週の水曜日らしいけど…なんで?」

「心配してんの。大丈夫かなって」






私がそういうと、界人は「う…」と口をつぐんで、図星!みたいな顔をした。





「なんでもバレちゃうなァ…」





たはは…とバツが悪そうに首筋をさする界人。





界人は、良くも悪くも正直者だ。どんなに恥ずかしいことでも、図星を突かれると白状する。泥棒や詐欺師なんかには地球上で1番向いてない人種だと思う。






自分の弱味を見せることにこれっぽっちも抵抗がない。だから、界人は弱っちく見えて、実際小学生の時の界人はそれはそれは弱かった。





それが実はとても強いことなんだって気付くには、私も子供過ぎたわけで。





この時もあぁ、なんてナサケナイ奴なんだ。と。





心の底から界人が心配になった私は──。






ふっとあの先生の迷言を思い出して。




「いい?界人。よく聞きなよ」





…と、なんの気の利いたアレンジも加えず、1から10まで、まるっとそのまんま、あの恥ずかしいセリフをつらりつらりとのたまったのだった。