「嘘ですよね、店長の話って」





そう言いながら、現バイトの前島君が私の前に美味しそうなミニパフェをカチャリと置いた。






「こんなの頼んでないよ」

「サービスです。今後もごひいきに」





にこりと余所行きの笑顔を見せる前島君。かつての界人ほどではないけれど、彼もまた飲食店には少し不向きな長めの明るい茶髪だ。





人懐っこい微笑みと爽やかな声色に、界人より若干大人っぽい顔つき。それから、ラフな店長に振り回されない真面目な勤務態度。金髪だった界人を小柄なゴールデンレトリーバーとすれば、彼は──




「…柴犬」




思わず私がつぶやくと、それに合わせて前島君がぷっと吹き出した。





「あ、ご…ごめんなさい」

「それ、店長にも言われました。『柴犬に似てるよね、前島くん』って」





「げ…店長と感性いっしょかぁ。年取ったかな」

「店長は精神年齢結構低いと思いますよ」






「フォローになってるか微妙なとこだね、ソレ」

「はは。すみません、デザートサービスの分でチャラってコトで」





朗らかに私の悪態を受け流した前島君が、「そんなことより」と切り出した。





「さっきの話です。嘘ですよね、界人さんが『klang』のギタリスト『kaito』だって話。あのヒト口を開けばホラばっかりで参っちゃって──」




ハハハ、と軽快に笑う前島君は、店長の話をハナから全く信じていないようだった。





私はというと、そのことよりも界人がこんな風に有名人みたいに扱われている状況が、なんだか不思議で。




「あー…ハハハ」




と、とりあえず前島君に合わせて笑っておいた。





「ハハハ!ですよねぇ」

「あはは…うーん」





前島君になんと言おうか考えているうちに、前島君の方が笑い終わって私の顔をのぞき込み、





「……なんですかそのカオ」





と、結構な暴言と共に訝しがられた。





「あ、イヤ。あのね?」

「え?──イヤイヤ、いいですよ。店長のノリに便乗しなくても─」






「んー、それなんだけど」

「えっ…。イヤ、イヤイヤイヤ!勘弁して下さいよォ、遠野さんまで─」





そこまで否定しながら、前島くんは「イヤイヤイヤ!」と「またまたぁ!」を数回行き来した挙げ句、段々そのトーンも下がっていき、最後には数秒黙り込んで、





「──マジですか?」





と、かなり神妙な顔で尋ねてきた。





その顔を見て、改めて思う。





あぁ、あんなに小さくて、弱っちくて、泣き虫だった界人は、本当の有名人になってしまっていたんだ、って。





それは微かな寂しさでもあり、ちょっとした羨望とも言えたけど、やっぱりなんだか、嬉しさがその二つの感情をわずかに上回っていて。





私の頬を自然と緩ませるのだった。