「ねぇねぇ、遠野さん」





ドリンクバーの前で飲み物を選んでいると、厨房に続く関係者用の通路から、店長がひょこっと顔を出した。





「なんですか。ていうか仕事は?」

「とっくに終わらせたさ。界人から連絡来た?」





通路から身体を半分くらい出して、店長は自分の左手で電話の受話器のまねをして、耳の横でぴょこぴょこと揺らして見せた。





その様子が何とも子供っぽくて、元々若く見える風貌がさらに若々しく目に映る。





「来ましたよ。まだもうちょっとかかるみたいで」

「待ち遠しいなぁ」





あーあ、と感慨深げに遠い目をする店長の様子は、巣立って行ったひな鳥を見守る親の心境か。





はたまた自分のサボりをやんわり許してくれていた元バイトくんへの懐古の情か。





「界人、またお店手伝ってくれないかなァ」






──セリフから察するに、どうやら後者のようだけど。






「さすがに無理でしょ。界人も向こうで仕事あるし」

「分かってるよ。言ってみただけさ」





私が正論を吐くのを分かっていたかのように、店長はふいっと顔を背けて、不機嫌そうに頬を膨らませた。





「にしてもよく休みとれたね、界人。今忙しいんじゃないの?結構」

「そう思うんですけどね。私が聞いたらなんか適当に誤魔化してましたから」





界人から再会の連絡が来て、私はすぐさま「忙しいんじゃないの?大丈夫?」と、聞いてみた。その返事がこうだ。





“大丈夫大丈夫。多分大丈夫”

“『多分』てなによ”

“あ、いや、大丈夫。絶対大丈夫”





──大丈夫じゃないだろ、ソレ。と、思いっきりそう思った。





「まぁ、『来る』っつったら来るヤツですから。来なくていいって言ってもどうせ来るし、私が何か言うだけ無駄なんです」

「さすが、詳しいね遠野さん」





すると店長は、いたずらっ子みたいな顔立ちをますます意地悪げに歪ませて、ヒュウと高らかに口笛を吹いた。





「……なんですか」

「あのさ、界人とは何もなかったの?遠野さんって」





──何の脈絡もなく、この人は核心をつく。唐突な質問に、私はまんまと黙ってしまう。






「言ってる意味が分かりませんけど」





そう言ってとぼけるのが精一杯で。





それを聞いた店長はまた意味深に「ほう」と息を吐いて、





「若さって良いねぇ」





と、勝手にひとりで納得して、鼻唄を歌いながら厨房に消えていった。





私はその様子を一通り眺めたあと、




「あーあ。バレバレか」




ひとりでに浮かんだ苦笑を噛み潰して、ドリンクバーの熱いコーヒーを淹れ直した。