「もしもし、父さん?あの…いたよ、美和」





界人は自前の携帯電話で、自分の家に電話をかけた。もともと両親の了解を得て探しに来たのか、探してくるように言われたのか。





だけど、界人は自分たちの居場所だけは頑なに言わなくて。





電話の向こうから私にも聞こえるくらいの怒号がしたのを、今でも覚えてる。





何度も泣きそうになりながら「ごめんなさい」と「絶対帰るから」を根気よく繰り返す界人の背中を、私はぼやぁっと眺めていて。





何を考えていたかなんて、全く覚えてない。





ただ、数分の問答を経てようやく電話を切ることができた界人が、私の方を向いて、





「ひゃあ~、暑いね」





と言ったことは、なぜだかはっきり覚えてる。





私のせいで怒られたことを誤魔化そうとしたのか、あるいはあまりに様子のおかしい私を勇気づけようとしたのか。






あるいは、ホントに暑いだけだったのか。実際あの日の昼間は猛暑も猛暑、庭に撒いた水がたちまち干上がってしまうくらい、たまらなく暑かった。夜になっても気温は下がりきらず、秘密基地には風も通らず、界人も額に玉のような汗をかいていたワケで。






──とにかく「そうであってもおかしくない」ほどに、私と界人の間には何もなかった。





それは当然と言えば当然で、この時の界人は遊びざかりの小学5年生、私は中1。2つ下の男の子に恋心を持つには年齢的にちょっと早いし、界人にはもっと早い。





加えて、私が中学生になってからは、界人と会う回数は目に見えて減っていた。学区内の小学校と中学校はかなり離れていて、登校や帰り道が重なることもほとんどなかったからだ。





界人とは、私が中学にあがってからほんの数回程度しか話す機会がなかった。





だからこそ、私は不思議だった。





どうして界人が私を探しに来てくれたのか、なんで私がここに居るって分かったのか、とか、いろいろ。





けれども、その時の私はそんなもろもろの疑問を界人にぶつける余裕なんて全くなくて。





界人の困ったような笑顔に言いようのない罪悪感すら感じて、ただその場で座り込んだまま、どす黒い地面をじっとにらんでいた。