カバンの中に入れてある会社用の携帯電話が、ピリリリ、ピリリリ、と耳障りな音を鳴らす。




ディスプレイの「山崎課長」という文字を一瞥して、通話ボタンを押した。




「もしもし、遠野です」

“おぉ、遠野!もう帰っちゃった?ニアーライフ宛の見積書類ってどうなってる?”




「課長の机の上にちゃんと置いときましたよ。付箋まで付けて、分かりやすく」

“ん~?あ、あった!”




「机ちゃんと掃除した方がいいですよ」

“あぁ、あれは?キタジマの契約書と来週のプレゼン資料”




「キタジマは津村次長までもう回してあります」

“さすが、仕事が早いな”





「プレゼン資料は月曜日でいいっておっしゃってましたよね」

“そうだっけ?じゃあそれでいいぞ。もう出来てるのか?”




「水曜には出来てましたけど、もうちょっと見直したいので」

“はいよ。それから新人の杉山、どうだ?足引っ張ってないか?”




「一昨年の私よりよっぽど真面目です」

“がはは。そりゃなによりだ。そいじゃ、また来週”





「はぁい、お疲れさまです」





電話を切って、ふぅ、と息をつく。





2年前は、大嫌いだった課長とこんなにもフランクに会話が出来るとは、全く思っていなかった。





私も今年で3年目。分かることも随分増えて、後輩も何人かできて。




楽しいかも、と、ようやく思い始めてきた。





最近になってよく思い出すのが、中3の卒業式。最後のHRで、当時の担任が言っていたあの言葉。





「何でも、何事も、“3年”続けろ。それで合わなきゃ、やめていい」





そういえば今年で3年目。小憎らしくも、元担任の格言は今のところ的を射てはいて。





1年目で辞めなくてよかった、と。今は割と本気で思っている。





ただ、それは元担任のおかげかというと実際のところはそうでもない。





私がこの仕事を3年続けてきたのは、ある種の“責任”で。





この格言が「あるから」と言うよりは、この格言を「使ってしまったから」という事実に起因しているのだ。





そして、その事実は紛れもなく国重界人。





彼が大きく絡んでは居るのだけど。





「──全く。自分で“今日会おう”っていったクセに」





腹立たしいことに、彼からの連絡は、まだ来ない。