『修羅場』……

あの日…あの引っ越しの日こそが、彼らの『修羅場』だった日。

それが済んだ直後に挨拶に伺ったが為に、私は彼に捕らえられた。


「今日から家事一般、よろしく頼むな!」

…何のことだか意味が分かりません…と、突っぱねる事もできませんでした。

だって…緒方さんは……



(…やっぱ、似てる…)

本を整理しながら、貸し出しカウンターに座ってる彼の姿を眺めると、ついつい思ってしまいます。

二代目館長の礼生さんに、初代館長の頼三さんを重ねてしまう…。

年齢も、顔の形も、髪型も、背格好も違うのに…。



『リリィ…』

もう一度、彼にそう呼んで欲しくて、私は愚かな毎日を過ごしてる。
例えそれが、どんなに理不尽で、多忙で、自分の為にならなくても……

いつか彼が…優しい声で、私の名前を呼ぶ日があるんじゃないか…と、ワクワクしながら生きてる。
今、この次の瞬間、その一言が聞けたなら嬉しい…と思いながら…。



「…こらっ!ボケッとすんな!さっさと片付けて鍋の支度しろ!買い物へ行けっ!!」

「はっ…はいぃ!!」

飛び上がる心臓の音。
彼の言葉はヒドくて荒くて、ちっとも優しくなんかない。
現実を知る瞬間、(二度とココへは来ない!)…と思うのに…



翌朝、寝とぼけた感じの彼を見ると……


『きゅぅぅぅん…』


…胸の中で、子犬が鳴くんです。