扉を開けて入ってきたのは複数の男たちだった。その身形から仲間ではなく、剣を装備していることから自警団のようなものだという事を男はすぐに察知した。

「…このっ!」

不利な状況になる。本能で悟った男はシャディアを盾にしようとするが、そうはさせまいと男が動く前に斬りこんだトワイによって頭を殴打された。

「あ…。」

激しい衝撃を頭に受けた男は目を大きく開いてそのまま床に身体を投げ出すように倒れていく。しかし根っからの性分かそれとも身体に沁みこんだ反応なのか、男は無意識に握りしめたままの短剣をトワイに向けて振り上げた。

「トワイ!」

叫び声と同時にトワイは後ろに引っ張られ男の剣が宙を舞う、しかしその軌道の先は無防備にも肌を晒したままのシャディアの背中だった。

「…しま…っ!」

トワイの目には次にその剣先が向かう場所が見えていたのだろう。焦りから漏らした声、どうにか阻止しようと身体の向きを変えようとしても届きそうにない。

「シャディアに触るな!」

いつになく喉を低く震わせる荒い声が響き、トワイと入れ替わる様にイザークの足が男の腕ごと男の身体を巻くようにして奥の床へと踏みつけた。骨が砕けるような鈍い音と共に男のうめき声が部屋の中で反響する。

しかしイザークはその流れのまま容赦なく男をシャディアから引き離して横へ投げ捨てた。また聞こえてきた呻き声を無視してイザークは更に剣の鞘を振り上げ男の腹部に突き立てる。

「っぐあ!」

身体がその衝撃で弾むと男は力なく手足を投げ出したまま動きはピタリと止まった。顔を見れば白目をむき、口からは泡が溢れており失神したことが明白だ。

「…確保。」

イザークの容赦ない仕打ちに若干引きながら放たれたトワイの低い落ち着いた声が部屋の中に響く。あの時トワイを後ろに引っ張ったのはイザークで、トワイたちよりも少し出遅れた彼はこの部屋に入るなり一直線にシャディアの元へと駆け付けたのだ。

「イザーク、平常心を保つように伝えたはずだが?」
「保っております。」

男が確保されるのを確認すればイザークはすぐにシャディアの方へと足を向けた。不敬にも動きながらの返事となったがイザークを嗜める者はそこにはいない。素早くシャディアの前に屈み、周りから自分が盾になる様にして彼女の衣服を軽く整えた。

服が大きく裂けて彼女の肌が無防備にも晒されているのを隠してやる。その肌には多くの擦り傷や打ち付けられたような赤い痕があり、イザークは居た堪れなくなって拳を強く握った。

「…イザーク、シャディアどのの手を。」
「…はい。」

シャディアに繋がれた鎖を見つけたエリアスが遠巻きながらも静かに声をかける。朦朧とする意識の中、事の流れに翻弄されていたシャディアは声の主をぼんやりと見上げた。光の中には並んで立つ二つの姿に見覚えがある。

「…あなたは…。」

そう呟いた瞬間、目の前で大きく動いた人影にシャディアは一瞬にして恐怖から意識を覚醒させた。

「…っいやああああああ!」

掠れる声で名を呼ぼうとしたところに身体に何かが覆いかぶさりシャディアは強い拒絶反応を示す。さっきまでは止まっていた震えが一瞬にして細胞から騒ぎ出したのだ。身体を大きく動かしたことによって腕を拘束していた手錠の鎖が音を立てる。シャディアの悲鳴にその場は一気に騒然とした。

「やだ、やだやだやだあっ!!」
「…っシャディア、俺だ!イザークだ!!」

その声と名前に反応したシャディアは恐怖を持ちながら声の主を求めて見上げる。そこには確かにイザークの顔があった。肩でしていた呼吸は恐怖の表情が安堵のものに変わっても落ち着く様子はない。自分は今、イザークの腕の中で抱きしめられているという事にもまだ気が付けないでいた。

「イ…ザーク…さん。」
「ああ、イザークだ。悪い…怖がらせるつもりは…。」
「イザークさん!!!」

悲鳴のような叫び声がイザークに鋭く突き刺さる。鉛の手錠を付けたままシャディアは涙を浮かべてイザークの胸にその顔を摺り寄せて逃げ込んだ。シャディアが強く身体を押し付けてきてもイザークはびくともしなかった。しかし彼の表情は困惑の色を見せている。

「イザークさん…イザークさん!」
「シャディア。」
「…っこわか…。」
「…っごめん。…守り切れなくてごめん。」

イザークは泣き叫ぶシャディアの身体を抱きしめてそこから動かなかった。何度も何度もシャディアはイザークの名を呼んで縋る様に身体を摺り寄せる。その度にイザークもまたシャディアを強く抱きしめてもう大丈夫だと繰り返した。

その横でトワイたちは気絶している盗賊団と思われる男たちを拘束していく。必要以上に痛めつけられた男の様子を見てトワイは人知れず眉を寄せた。肩越しに同僚の様子を見れば仕方がないとため息を吐く。

「…誰か彼女の錠の鍵を持て。何か毛布のようなものはないか?」

エリアスの指示に従った兵士が毛布を見つけて駆け寄った来る。エリアスは懸命にシャディアを宥めるイザークの後ろ姿に笑みを浮かべると、室内に毛布と手錠の鍵だけを残して全員を連れ部屋を後にした。

堪えていた恐怖を吐き出すようにシャディアは恐怖から自分を解放するように泣き叫ぶ。彼女を安心させようとイザークの優しい声がずっとシャディアに語り掛けていた。

「大丈夫だ、もう何も起こらない。今度こそ俺がちゃんと安全な場所に連れて行くから。」
「大丈夫だ、もう大丈夫。」
「俺はここにいる。シャディア、もう大丈夫だ。」

繰り返される言葉にシャディアの心が少しずつ解されていく。イザークが安心させるように背中を優しく撫でてやればシャディアは身体を摺り寄せてもっと甘やかすように強請った。もう少しの恐怖も感じないように、甘やかしてすべての感情を溶かしてしまいたかったのかもしれない。

やがて泣き声が落ち着き、再び微睡みに落ちそうになったシャディアに声をかけて手錠の鍵は外された。力なく身体を預けてくるシャディアを毛布で包んでやりイザークはシャディアを抱えて部屋を後にした。

外では退却準備をしている仲間がエリアスの指示のもとで動いている。イザークの腕の中にいるシャディアは毛布の中に埋もれて表情は見えなかった。エリアスもとりあえず落ち着いたことに安心し、すぐにでも出発しようと先陣でイザークを連れ帰城することにしたようだ。シャディアはイザークの馬に乗せられてそのまま王城へと向かう事になった。