「イザークさんって騎士団所属だと思ってたけど…王族と騎士団ってそんなに距離が近いものなの?」
「近いと言えばそうかもしれない。殿下方はそれぞれご自分の騎士団をお持ちだ。殿下の命があればそれに従う事も多い。」
「イザークさんはエリアス殿下の騎士団にいるの?」
「…一応第3王子直属の騎士、という肩書はある。」

直属の騎士、そう口の中で復唱したシャディアは騎士団という言い方をしなかったイザークに確かな違和感を覚えた。

「え…それって何か違うの?」
「…まあ言ってしまえば側近だ。護衛だけど雑務もやってるし。」
「側近!!??」

せっかく立ち上がったばかりの腰が抜けそうだ。知らなかったとはいえこんな偶然があるのだろうか。シャディアはいつか王族の誰かに面と向かって自分たちの村を見殺しにした理由を問いただそうとしていた。ここまで王族を支えてきた自分たちを見捨てた理由が知りたかった。そして文句を言いたかった。

もし王族が自分たちを亡き者にしたかったのなら残念だったなと、生き残りがいるのだと高らかに叫んでやりたかった。ドーラの技術もリリーの血も確実に後世に繋いでいるのだと。その思いもあって子を成すことも執念に近い思いで決めていたのだ。

まさか王族に近い人物に助けてもらい時間を共にしていたなんて信じられなかった。

「そうだったのか…イザークさんが…。」
「…何だ。」
「いや、あまりそうは見えないなと思って。また私の勝手な想像だけどね?位の高い人の周りってこう…堅物な人ばかりなのかと思ってたのよ。」
「堅物…。」
「でもイザークさんはそうじゃなかったし、あのもう1人の方も。」
「トワイか。」
「トワイさん、その人も結構柔軟な感じがしたのよね。いい主従の関係性みたいなのも感じられたし。」
「そうか?」

普段の自分たちのやりとり、先ほどのシャディアの前でのやりとり、様々な場所を思い出しても彼女の言う”いい主従関係”に結び付けることが難しかった。特にトワイが柔軟な人物だというところに引っかかっているのだ。トワイは柔軟というよりも強か、腹黒いなどの方が当てはまる気がする。そうでないと王子の側近などやれないのだが、シャディアの褒め言葉に当てはまるかどうかは怪しい所だった。

イザークが腑に落ちないと悩んでいる姿が可愛らしく見えてシャディアは思わず笑ってしまう。

「ええ。少なくともあの王子さまはイザークさんたちを信頼しているように感じられた。なんかちょっと羨ましかったかな。」
「羨ましい?」
「うーん、人との絆って言うの?素晴らしいものよね。」

シャディアはドーラを抱きしめて寂し気な笑みを浮かべた。シャディアが何を思ってその言葉を選んだのかイザークには分からない、それでもどこか孤独を感じている事だけは伝わってイザークの心を震わせた。

「…エリアス殿下は常に先々の事を考えて動いておられる。この国の民の為、豊かな未来のためにご自身の役割を果たそうと。その視野は広くどんな些細な事でも逃さないよう常に周りを注意しながら道を進んでいくお方だ。」
「…そうなんだ。」
「あの方に仕えてその道が拓かれる度に胸が熱くなる。」

イザークの声に熱がこもったのを感じてシャディアはいつの間にか俯いていた顔を上げた。

「エリアス殿下の力になりたくて、あの方の進む道の支えになりたくて俺はこの剣で様々な物に挑んできた。…だからシャディア、君の気持ちは少し分かる。」
「…私の?」
「思いを成し遂げる為に道を切り開こうとする姿はあの方に重なる部分もある。俺が君をここまで連れてきてしまったのは怪我をしていることもあるが…放っておけなかった。時折見せるシャディアの表情が、大きな覚悟を決めている人が持つそれと同じだったから。」

イザークの言葉にシャディアは言葉を詰まらせる。真っすぐ向けられる視線に負けそうになる、視線を揺らしてしまうのはいつだってシャディアの方なのだ。変わった人物だと、旅の中で起こってしまったちょっとした怪我だと思われるようにシャディアは全てを軽率に見せてきた。

本音は語らない、悟らせない、何か起こったとしてもシャディアが無茶苦茶をするからだと思われるように。何故ならシャディアが起こそうとしていることは王族に歯向かうことだったからだ。王族への復讐だった。

それでもイザークの人柄に惹かれて心を許してしまっていくつか綻んでしまったのは事実だ。

「何か力になれたらという気持ちがあった、これは本当だ。だから利用するとか…自分を辱めるような事を思わなくていい。シャディアには似合わない。」
「や、それは…。」
「俺の役目は君を城まで送り届けることだ。シャディアが強く願ったからこそ、後世にその音を残せる最高の場所を手に入れられたんじゃないか。」

最高の場所、それは城の事で宮廷音楽家になることを指しているのだと分かっている。それでもまだ複雑な気持ちが渦巻いているのだ。

「…私は宮廷音楽家を目指していた訳じゃない。」
「ああ。でも多くの人に聞いてもらいたいというのは本心だろう?」
「…それは…。」
「ドーラを響かせたいというのもそうだ。シャディアたちの音楽を多くの人に聞いてもらえるだろう。」

宮廷音楽家は何も王室の儀式の時だけ活躍するわけじゃない。それ以外にも音楽を必要とされる場合は奏でるだろうし、来賓を迎える際にも披露する機会があるだろう。願えば一般の国民にも披露できるかもしれない。

「ドーラの良さを知ってもらえるといいな。」
「うん…そうだね。知ってもらいたい。この子は本当に最高だから。」
「殿下も認めた音だ。シャディアの願いが叶ったな。」
「ふふ。私、諦めだけは悪いんだ。」
「それもこれまでの経験で十分に知っているよ。」

ここに来るまでにどれだけ粘られたか分からない。その事を互いに思い出したのかどちらともなく笑い声が聞こえてきた。

「ありがとう、イザークさん。やっぱりイザークさんは優しい。」
「…優しいか。甘いとはよく言われるが。」
「イザークさんはお二人に揶揄われすぎかもね。」
「…機会があれば進言してくれ。」

他愛もない会話で緊張を解しながら二人は砦の外へ出た。シャディアの願い通り街で昼食をとる為に希望をすり合わせながら目的地を絞っていく。やはり辛い物がいいという意見が合うので何度かイザークの訪れたことがある店に行くことにした。

砦の門をくぐれば兵士の一人がイザークの馬を連れているところだった。どうやらトワイの手配で馬場に繋がれていた愛馬を砦に連れてきてくれたようだ。顔見知りの兵士だったからかイザークの愛馬も抵抗をしなかったらしい。

「お疲れ様です。トワイ様から砦内の馬場に繋ぐように言われました。」
「ありがとう。」

そう言いながら馬を撫でてやる。これから城に向かう時、シャディアは馬車に乗りイザークはこの愛馬で並走するということを聞いていた。シャディアの怪我に付き添ったイザークは久しぶりに愛馬に乗ることになるだろう。

「今までごめんね。」

大事なご主人様を奪ってしまったような罪悪感が生まれてシャディアは気付けば謝っていた。鼻を震わせて答えた様に見えたのは気のせいではないだろう。

「答えたな。許してくれたんじゃないか。」
「はは、そうみたいですね。」

そう笑ってくれる二人のおかげでシャディアの気持ちも軽くなる。しかし次の瞬間、馬に何かが勢いよくぶつかり、驚いた馬が大きく暴れ始めた。

「何だ!?うわっ…落ち着け!!」

手綱を引いていた兵士の身体も大きく引っ張られてイザークと二人がかりで落ち着かせようとする。周りにいた人々も急に馬が暴れだしたことに悲鳴が上がった。

「シャディア、離れ…!?」
「えっ!?きゃあ!!」

安全の為に砦の方へシャディアを避難させようと手を出した瞬間、イザークの目に映ったのは馬上からシャディアへ手を伸ばす人影だった。イザークの声に反応しようとした時すでにシャディアは腕を引かれ身体が宙に浮いていたのだ。

「シャディア!」
「イザー…。」

シャディアの声がかき消されてしまう程に、彼女をさらった馬は速度を上げて人混みをかき分け去っていった。