「出来た。どう?」

折角だから付けていきたいと言うシャディアの願いを叶えるべく二人は噴水のある広場の片隅に腰かけた。ちょうどいい、そろそろシャディアの足の様子が気になっていたところだとイザークも快諾したのだ。

市場にほど近いがまだまだ客は休憩を必要としていない時間だったのだろう。人もまばらで貸し切りに近いような状態だった。やはり人混みは疲れる、ほんの少し息を吐いたイザークにシャディアから問いかけが来たのはその時だった。

「え?」

シャディアの方に顔を向けてみれば見えたのは頭だけで彼女はイザークとは反対側に顔を向けている。

「リボン付けてみたの、一緒に編み込んでるの分かる?」

そこまで言われてようやく自分が何に注目していいのかを理解した。成程確かにシャディアの髪に先ほどのリボンが飾られていた。あんなに長いリボンをどのように使うのかと思いきや、どうやったのかシャディアは上手く髪と一緒に編み込んで最後に蝶結びを作っている。

「凄いな…どうやったんだ?」
「…褒めて欲しいのは技術じゃないんだけど。ここは嘘でもいいから似合うって言ってくれない!?」
「あ、ああ。似合う。」

思わず疑問が先に浮かんで口にしてしまったイザークにシャディアは不機嫌さを表した。要望通りに似合うと言われてもどこか納得がいかないようでそのままイザークを睨み続けた。しかしそれはイザークにとって難しい問題だ。

いつまで経っても無言で睨んでくるシャディアの姿に既視感を抱いたイザークはふと閃きを得た。

「あ、可愛い!」
「あはは、何それ!クイズじゃないんだから。」

褒めるというよりも正解が分かったかのような言い方にシャディアは思わず吹き出して笑ってしまう。おそらく妹たちに言わされているのだろう、そんな事が安易に想像できて微笑ましくなった。

「でも正解です。今度からは脊髄反射で可愛いって言ってね。」
「…脊髄反射を求められるのか。」
「身体にしっかり叩き込んでください、騎士様?」

おそらく畏まった場所に出席する場合には必要でしょうという意味を込めていることが伝わりイザークは何も言わずに視線を外した。その顔に面倒な事だと書いてあるのが分かってシャディアはまた笑ってしまう。

荷物をまとめるとシャディアは立ち上がり、胡坐をかいて地べたに座り込んだ。そして背中にあった楽器を前に移動させると布を外して抱え込む。ああ、ここで音を鳴らすのかとイザークはすぐに理解をした。それと同時にここに来て初めて見るシャディアの楽器のその姿にイザークの目も大きく開く。

「…そんな楽器だったか?」
「実はね。これがこの楽器ドーラの本当の姿なの。」

自慢げに見上げるとシャディアは口角を上げる。食堂で見せてもらった時はほんの一部分だったが、それだけでも弦楽器だという事が分かったので深く何も思わなかった。だが今自分の想像を超えたものを見た気がする。

布から姿を現したのは見た目は普通の弦楽器だった、しかし次の瞬間に二つに分離したのだ。いや、正確に言うと二つは繋がっている。大小の弦楽器を2つ並べて作られたような形はあまり見たことが無かった。

驚いているイザークに微笑んだ後、シャディアはさっきまでドーラを包んでいた布を首周りにかけ、その布でドーラの上半分を覆う。

「こうやって人前で鳴らす時は身体と一緒に上側の子を布で隠しちゃうの。だからパッと見は普通の弦楽器ね。」
「どうして隠すんだ?」
「この子って珍しい形をしてるでしょ?」

そう言いながら丁寧に布で覆い、器用に固定させた。これだとどれだけ動かしても布が外れそうにない。身体を捻じって確かめると、納得したシャディアが良しと呟いた。

「楽器の方ばかり目がいって音を聞いてもらえなくなったら嫌じゃない。この子は凄くいい音を響かせるんだから。」

そう言うなりシャディアは下の方の弦を指で弾いて音を鳴らした。単音を聞いただけでは残念ながら音楽や芸術面に疎いイザークには何も違いや良さが分からない。それを分かっているのかクスクスと笑うとシャディアは慣れた様に指を弾き続け控えめながらも曲を奏で始めた。

違いは分からない、でも心地よい音に誘われてイザークもシャディアの横に腰を下ろす。

「調子がいい時は歌も乗せるんだ。でも今日はこの音に浸ってたいかな。」

見事な指使いで奏でられる音楽は聞き覚えがある様でない、不思議な懐かしさを感じさせるものだった。心が和むとでもいうのだろうか、しかしどこか故郷を思う寂しさも顔を出しているようで何だか切なかった。