「ずっと昔の話ですよ。大丈夫、もう私の心は落ち着いているので。」

そう言って胸元を押さえるシャディアの姿は嘘や気遣っている様には見えなかった。どうやらそれは本当の事だろう。それは彼女の両親が亡くなったのがずっと昔というのも本当の事だということだ。

「…最近の話ではないと…?あ、申し訳ない。」

言い回しがつい気になって思わず尋ねてしまったが、立ち入った話だとすぐに躊躇った。重ね重ね何をしているのかと自分を責めるがシャディアの口調は変わらずに答えを渡す。

「五年は経ったかな…?」

宙を眺めて感覚を取り戻す様子は正確に把握できていないものだった。やはり彼女の言うように心は落ち着いているのだろう。

「それからは一人で?」
「叔父家族がいたし、死んじゃったけど祖母も。だから一人じゃありませんでしたよ。」
「…なら残されたご家族が心配されているでしょうに。」

立ち入った話をしている自覚はあったが、何でもないと答えるシャディアに甘える形でイザークは追及を重ねた。共に過ごしてきた家族がいるのであれば、年頃の女性の一人旅を心配しない筈がない。

物騒だと言い放つつもりはないが、それでも若い女性の一人旅は安全とは言い難いのだ。そう考えたイザークは控えめな中にも強い気持ちでシャディアに問いかけた。家出ではないのかという最大の探りの答えを求めたのだ。もしそうだとしたら保護という形を取らなければいけないし、もしかすると捜索願の類が出されているかもしれない。

まあそんな届を出すのは余程のことがない限りはあり得ないのだが、念には念を入れておくべきだとイザークは判断した。

「そうですね。」

しかしシャディアは短く答えるとそれ以上は何も続けようとはしない。さっきまでの口調とは違って感情が含まれていないような言葉にイザークは違和感を覚えた。これがシャディアの言う、言いたくなければ適当に嘘を吐くという、なのだろうか。

てっきりそう言いながらも全てを上手く隠せそうな感じもしたが気のせいだろうかとイザークは胸の内に引っ掛かりを持った。意外な反応にイザークは思わずシャディアに見とれてしまう。

「イザークさん。イザークさんの目的地も王都ですよね?」
「…ええ、まあ。」
「やった!私を送り届けてくれるんですね!でも、イザークさんのお知り合いに紹介していただけるなら別に目的地が王都じゃなくてもいいですよ?」
「目的は達成すべきかと。それに王都には戻らないといけないので。」
「イザークさん王都に住んでるの!?都会人!」
「職場がそこなだけです。」

すっかり話題をすり替えられてしまい、またもシャディアのペースに巻き込まれてしまった。というよりも彼女からしてみれば当初から脱線した話を元に戻しただけなのだろうとも思う。最初に話を逸らしたのはイザークの方だった。

イザークの目の前で笑っているシャディアは実に楽しそうだ。うまく乗り越えたと思っているのか、しかしイザークにはそんな打算的な運びが出来るような人物には思えなくてますます気になるだけだ。

これは別の意味でも気にしておかないといけない。そう思って短く答える中にイザークは自分の為すべきことを見付けた。

「職ってあれでしょ?本当にイザークさんは大きなツテがありそう。」
「至極一般的な職業です。」

多少控えめな声量にしてくれてはいるようだが遠慮のない探りに気が気じゃない。流れのままさっきみたいに自分から余計なことを話してしまいそうでイザークに緊張が走った。答えは短く。不必要な言葉は入れない。

黙秘は面倒なことになりかねないから注意しようと胸の内で何度も頷いた。単調に、質素に、常に短い返事を目指す。そう、あの上官たちと雑談をするときの様になるべく心を乱さぬようにとイザークは努めることにした。

「また~。なかなか無いと思うけど?」
「…一般的なものです。」

ささやかながらキッパリと言い切る姿にシャディアは瞬きを重ねた。何かに気が付いたのか、口を開いたかと思うと口元に手をやってイザークに顔を近付ける。これは人の耳を気にして声を潜めるつもりなのだとイザークにも伝わり、少し頭を傾けて耳を近づけた。

「やっぱり騎士さまってことは秘密なの?秘密にしておかないといけない任務なの?」

気を遣ってまで耳を傾けたというのに囁かれた言葉に頭が痛くなった。休暇中だと言った筈なのに任務とはいったい何の話なのだと思わず顔をしかめて身体を引く。彼女の頭の中は一体どうなっているのか。

眉根にこれ以上ないくらい力を入れて、顔色悪くイザークは何度目かの盛大なため息を吐いた。