子犬物語。

 やがてメロンの前に立つ猫は一度後方を振り返る。そうとうの痛みを感じているのか、いまだその場でもがくように転がる野犬を確認するとおもむろにメロンの首を噛んだ。

「!」

 痛い!
 ……いたく、ない?
 
 噛まれていたいはずなのに、不思議と痛みを感じなかった。 しかも野犬に与えられた傷口を避けているようだ。噛むというより、くわえるという表現のほうが合っているかもしれない。
 首をくわえられパニックを起こしているメロンの体が、フワリと宙に浮いた。

「うわぁ!」

 足の裏に地面の感覚がない。猫はメロンをくわえたまま、軽やかに塀の上にジャンプした。みるみる離れていく地上に、怖くなったメロンが叫ぶ。

「ひゃあ!」

「少しじっとしてろ!」

 短く告げながら、リズミカルに足を動かし少し離れたまた別の塀の上に飛び移る。そのまま足早に進み、野犬が追ってくる前に、その場から姿を消した。
 
 メロンは左右に揺れる視界にクラクラしつつ下をのぞき見る。
 地上が遥か下に見えた。
 ここから落とされたら……きっと痛いよね? そんなことないと思うけど、もしも下に落ちたら?
 猫がくわえた首を離して、自分が落ちていく姿をつい想像してしまう。
 背中に冷たいものが流れた。
 ぼくはこんな風に飛べないからきっとまっさかさまに落ちて行っちゃうよ! そんなのやだー!

「う、うわーんこ、ここ怖いよー‼」

 口にくわえているものが少々うるさかったが、とりあえずそれは無視して塀やら屋根やらを飛び越えていく。

「ひえぇ~」

「………」

「ひょおおおぉおぉ!」

「………っ」

「うきゃぁぁぁぁ!!」

「お前―やかましいな」

 無視するにも限界があった。

「だっだだだだだだだって」 

 飛躍されるごとに落とされそうで、その度に叫び声をあげてしまうメロンなのでした。