大切な人。

「誰ですか」
そう喉元まで出かかって、翠はぐっと堪えた。

「ああ、このピザおいしいわ。アメリカでも買えないかしら」
餅ピザを食べながら、ジェニファーが幸せそうに目を閉じる。

自分がショックを受けているのが、信じられない。だってそうでしょ? あの人は偽物の夫で、私の大切な人ではない。仕事でここに一緒にいるだけで……。

あの人には、自分自身の本当の生活がある。

翠はビールのグラスをテーブルに置いた。

颯太は一週間の休暇を取った。おそらく大切な人のところに行っているのだろう。

「ソウタは今頃ついたかしらね」
翠の異変に気づかないジェニファーが呑気にいう。

「アメリカで家族に会うって、言ってたわ」

そうか。
きっと結婚していて、家庭があるんだ。

「ミドリ、食欲ないの?」
ふさぎこんだ翠に、ジェニファーが尋ねる。

「……ちょと、悪酔いしちゃったみたい」
「あら、大変」
「私、もう寝るわ」
翠はそういうと、まだまだ絶好調のジェニファーを置いて立ち上がった。

「そう? 大丈夫? 水をたくさん飲むといいわよ」
「うん、ありがとう。おやすみ」

翠は後ろでに扉を閉めて、暗い自分の部屋の中に立ち尽くした。

奥さんがいたっておかしくない。
私たちはウソの夫婦。

全然大丈夫。私はショックを受けてなんかない。

翠は自分にそうつぶやくと、ベッドに倒れこんだ。