「ねえちょっと、翠さんも、手、振りなよ」
のぞみが言う声を、翠は「いつものことですから」とさりげなくあしらう。

それを聞いたのぞみが、くるっと振り向いて不満そうな顔を見せた。小走りに駆け寄ってくる。

「幸せに慣れすぎ!」
のぞみが頬を膨らませて、仁王立ちしている。

「結婚しても、気をぬいちゃだめなの。すぐに誰かに持ってかれるんだから。しかもあの颯太さんだよ!」

どうぞ、持って行ってください。

翠は心でそう思いながらも「はは」と、軽くスルー。するとカバンの中で携帯のなる音。取り出し画面を見ると『手を振れよ』と入っている。翠は即座に携帯をカバンに突っ込む。机の引き出しに投げて、ばあんと扉を閉めた。

我ながら、男前。

本人にはできないから、携帯に感情をぶつける。これ、ストレス解消。

すると、開館前の図書館の電話が鳴り響く。

「はい、戸越図書館です」
完璧な声で電話に出ると、『モノは大切に』と颯太の声。

眉間のあたりが痛くなってくる。
翠は笑顔を崩さず「失礼いたしました」と言って、電話を切った。

「誰?」
のぞみが不思議そうな顔で、翠を覗き込む。

「ストーカー」
翠が言うと、のぞみが「マジ?」とすっとんきょうな声を出す。

「うそうそ」
翠は慌てて訂正した。

「ほんと? ストーカーなら、警察に電話しなくちゃ。それか、颯太さんに相談してさ」
「違うって、間違い電話だったの」
翠は首を振ってから、心の中で気落ちした。

警察に相談しても、颯太に相談しても意味がない。

ストーカーまがいのしつこい警護をしかけてくるのは、FBI捜査官の山崎颯太、その人なのだから。