「うさんくさい、夫婦だな」
扉が閉まると同時に、颯太が吐き捨てるように言った。

「聞こえちゃうって、そんなおっきな声で……」
翠は慌てて自分の唇に人差し指を当てた。

「いい人そうだけどな。なんでもかんでも疑ってかかるの、性格悪いと思う」
翠はそう言いながら、廊下をリビングへと戻った。

「いい人そう? あれが? お前はほんと、人を見る目がないんだな」
「うわあ」
翠はげんなりというように、颯太の顔を見上げた。

仕事なのかもしれないが、こんな風に人を疑って生きていては、しんどいだろうに。

視線を感じてか、颯太が鼻で翠を笑う。「そんなんだから、変態に付け込まれるんだ」

翠はぐっと詰まった。

でもあれは……不可抗力だもん。

冷蔵庫にもらったお菓子をしまうと、壁にかかっているアナログ時計を確認する。
「急がなくちゃ」

二人は、朝食の残りを食べ始めた。

「指輪を忘れていくなよ」
「はいはい」
「おい、適当に返事をするな。もうあんな目に会いたくないだろう?」
「……うん……っていうか、あれは誰かさんが格好つけて、帽子を被らないから起こったんでしょ?」

そういうと、颯太が鋭く翠を見つめた。コーヒーの湯気が、颯太の整った顔を曇らせる。

あれ、怒らせちゃった?

翠は慌てて口を継ぐんだ。

「……日本の夏を侮った。これからは帽子をかぶる。悪かったな」

翠は目を丸くした。

謝った! この人が謝ったの、初めて見た!

「ヒーローキャップを、買ってあげようと思ったんだけど」
「は?」
颯太の眉間にシワが寄る。

「子供のテレビヒーローがプリントされてる、真っ赤な帽子」
「……俺はそれ、被らないからな」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」

翠はちょっとした優越感を感じて、にやっと笑った。