ミロスラフが言う「特等席」とはステージの横、つまり舞台袖だった。
客席から見て左に位置する下手側に椅子を持ってきて、横からステージのフェオドールを見ることに。
「ちょっと見づらいかもだけど、ここしかないからさ。ゴメンね」
「いいえ、十分です!ミロさん、ありがとうございます!」
満面の笑顔でお礼を言われ、ミロスラフは照れ隠しにかぶっている赤いシルクハットのつばをいじった。
「マドモアゼル、誘っておいて…すまない」
「謝らないで下さい。私のことは気にせず、頑張って下さいね。フェオさん」
本番まで、あと数分。
舞台袖で出番を待つフェオドールは深い溜息を吐き出した。
「ハァ……緊張する」
(やっぱり、緊張してるんだ…。フェオさんて顔には出さないタイプだよね)
普段から落ち着いている彼はこんな時でも涼しげな表情を崩さない。
ジッとフェオドールの顔を見つめていたら、互いの視線が合った。
「……マドモアゼル、手をこっちに」
「手?」