いつの頃からであったか。最近、この大和(今でいう奈良県)を中心に、奇怪な出来事が相次いで起こっていた。


 丑の刻(今でいう午前一時から三時)、出かけの用が終わり、主人が店に帰る道すがら、薄暗い夜道を家人の一人を連れて歩いていると、「あなや!」

 若い女の悲鳴が真後ろから聞こえた。

 何事かと、主人と家人が慌てて振り返ってみると、そこにはたれ(誰)もおらず、薄い月明かりに照らされた夜道があるばかりだった。




 ――またある屋敷の主人は、やはり丑の刻。ふと尿意を感じ、目を覚ました。眠気もあったので、そのまま夜具にくるまり、眠ってしまおうかとも考えたが、どうにも我慢が出来なくなり、母屋から離れた厠へ向かう途中。男の子の童たち複数の笑い声を聞いた。

 はて、かような刻限に童とは、奇妙よ。

 薄闇ばかりが広がる周囲で目を凝らし、見やれば、けれどもやはりそこに姿はなく、ただ笑い声が聞こえるばかりだったという。翌朝、童の笑う声がした場所を確認すれば、そこには泥の付いた数人の草履の跡があった。


 いずれも姿はなく、声ばかりが聞こえるのだ。害はなく、ただの悪戯かと、さして気にすることもなく、人びとは生活していた。


 しかし、奇怪な出来事は、それだけでは留まらなかった。