イイコでしょ?

定時をとっくに過ぎた会社の廊下は、シンと静まり返っていて、時折残業組の疲れた笑い声が聞こえる程度だった。





二人の耳に流れ込むメロディーが、ふわふわとハートを撫でてくれる。





瞼を閉じて視界を塞げば、余計な考えなんてどこかへ消えて楽になった。





カズにぃの方に顔を向けると、カズにぃもこちらを向いて視線がぶつかった。





口パクで、





現実逃避~!





と言われて思わず噴き出した。





男性ボーカルの優しい歌声が終わると、次の歌手は私の大好きなシンガーソングライター。





川のせせらぎのような繊細なギターの音色に乗せて、聞こえて来るのは、彼女独特の切なくてどこか儚げな歌声。





しばらく目を瞑り聴いていると、イヤホンがピン、と張って耳から零れ落ちそうになった。





ん?と思い隣を見ると、カズにぃの様子がなんだかおかしいのに気付いた。





驚いたように目を見開き、一点を見つめ続けている。





不思議に思い、ポンポンと肩を叩いてみると、ビクっと肩を大きく揺らし丸々とした瞳を私に向けた。





「どうしたの?すごい顔してる」





「…この歌手なんて名前?」





「えっ?カズにぃ知らないの?TVとか出ないけどすっごい可愛いんだよ!…って、そっか。ずっとNY居たんだもんね。」





「ん、いいからなんて名前?」





「倉橋海…だけど、それがどうしたの?」





名前を告げると、カズにぃは口を手で覆い何かを考えるように少し俯いた。