誰もが聞いた事のある会社で、派遣社員として働きだしたのは、今から半年ほど前。





最初はオフィスの広さ、人の多さに圧倒されて、まるで田舎からやって来た観光客。





派遣社員は、契約期間が切れてしまうと、また別の派遣先へと移ってしまう、人見知りの私にとってはとても気苦労の多い仕事だった。





だけど就職難民に陥ってしまった私にとっては、ここに縋るしかなかった。





慣れない人付き合いに苦労しながらも、こんな大きな会社で派遣としてだけど働けて、毎日充実した日々を送っていた。





弱音も吐かずに今までやって来れたのは、あの人の存在があったから。





たまに社内ですれ違う程度の、成瀬副社長。





彼のお父さんが社長をやっているこの会社で、私は密かに彼に恋心を抱いていた。





それは単なる憧れだけじゃなくて…






前に一度だけ、たった一度だけ、言葉をかけられた事があって。

















「高橋さん、お疲れ様。」
















たった一言、すれ違いざまにそう言われて、驚いて振り返ると、首だけをこちらに向けていた彼が、優しく微笑み、去って行った。





名前…





単なる派遣の名前なんかを知っててくれてたの?





浮かれて浮かれて寝ても覚めても、あの笑顔が胸の中いっぱいに広がって、ぐるぐると旋回しっ放し。






もう嬉しくって、それだけで涙が出そうなほど。





バカみたい、と自分でも思う。





たった一言、名前言われただけなのに。





顔が熱くなって、ドキドキと心臓が胸を痛めつけて。





大好き。





でも、叶うハズない。





なんの接点もないんだから。





それにもうすぐ契約も切れて、私はまた別の派遣先へと行かされる。





成瀬副社長どころか、やっと仲良くなり始めたココの社員さん達ともさよならになるんだ。





もう、会えないんだな。