「嘘じゃない……君たちは現実を直視しなければならない。そして選択するんだ」
 すると、聞き覚えのある声がした。見ると夢に出た軍服の男が立っていた。
「俺は空軍に所属する操縦士だ。俺は空軍機を操縦し、数時間前に離陸した。その直後、君たちが乗っている旅客機と空中衝突したんだ……」
 あの夢の中ではわからなかったが、男の体は透過し、向こうの景色が見えている。
「俺自身、自分が生きているのか死んでいるのかさえわからない。まるで魂のような存在になってしまっている」
 その時、階段をあがる音と、どなり声が割れんばかりに響いていた。
 見ると行方不明だった先生と、宮本たちの姿がある。夢の中で協力してくれたスチュワーデスも一緒だ。
 しかし、宮本たちは入ってこないで、その場で立ち尽くしていた。目を見開いたまま機内を見回している。
「宮本たちがいない」と言っていた級友の反応もない。すぐ背後に宮本たちがいるのに気づきもしないのだ。
 まるでお互いの時間が違う場所にあるかのように。
 男の話を聞きながら、僕の中で全ての疑問が繋がりはじめる。
 あれは夢などではなかった――彼が見せた現実。
 人の顔があるという影は、男が乗っていた戦闘機だろう。勝手に出てきた酸素マスクは、その戦闘機との激突で飛び出した物だ。
 皆の姿が消えたのは、僕等の魂の居場所と、皆の魂の居場所が違う場所にあったためだ。
 つまり、「生の世界」と「死の世界」。
 どちらが生きていて死んでいるのかはわからない。男が言う「選択」とは自分たちの運命を選んで、生きるか死ぬかの道を選べということなのだろう。
 宮本たちに答えるか、級友に答えるか――それが生死の選択になる。
 僕はごくりと唾を飲んだ。慎重に決めなければいけない。倒れこんでいた秀喜が、席に座ったのを確認してから、彼の肩を叩く。
 秀喜はびくりと肩を動かした。振り返った顔は蒼白、目も充血している。
 どちらかに答えなければならないという究極の選択、秀喜に聞こうとした時、
「立花! お前たちは無事だったか! みんなは、どこに消えた?」
 担任の『タトツ』が僕たちの存在に気づいて声を上げた。
 みんなは僕たちが見えていないが、先生は僕たちが見えている。
 ――と、いうことは、僕たちはあっちの世界に近いということなのだろうか。
 秀喜が答えようと口を開けるが、僕はその口を塞いだ。どちらが死の世界に近いのか、まだわからないのだ。
 軍服の男を見ると、何も言わず僕たちを見ている。自分で選択しろということなのだろう。
 工藤と笹田も状況を把握したのか動かない。いや、二人の視線は外に向いているようだ。気になって僕も外を見る。
 瞬間、僕は目を疑い、言葉を失ってしまった。
 飛行機は青空の中を滑空していたはずだ。それなのに今は、見渡す限り黄金色に染まる花畑の中を進んでいる。
 ここがどこなのか想像して、僕は恐ろしくなった。
「宮本たちに応えちゃ駄目だ……」
 工藤が震えた声で言う。
「ここから逃げないと……」
 次に言ったのは笹田だ。
 逃げる方法がわかれば僕も苦労しない。
 どちらに応えればいいかなんて、僕だってわからない。
「立花……」
 隣の秀喜がイヤホンを付けながら僕に問いかける。そのイヤホンを僕に差し出してきた。
 イヤホンからはニュースが流れていた。
『緊急ニュースが入ってきました。○○八便、○○行きが空軍機と接触し、緊急着陸したとの情報が入りました。空港に着陸したものの、機体は激しく炎上しているということで、現在、救助隊は機内に入れず、外から消火活動をしている模様です。この機には修学旅行に出た○○高校の約百人が乗っており――』
 これは僕たちがいるこことは違う、現実世界の放送だ。
 では、ここはどこか? 見渡す限り黄金色に染まる花畑。それが全てを語っている。
 僕たちの肉体は現実世界にある。着陸炎上した機内の中だ。魂だけが肉体から切り離されてここにいる。自分が生きているのか、死んでいるのかもわからないままの状態で――
 どちらに応えるか? もしそんなことをすればどちらかが死んでしまうのではないか?
 いや、僕たちが助かったとしても、全員が無事に現実世界に戻れなければ意味がない。
 僕は席を立った。
「こっちだ、救助隊! 僕たちは生きている! 助けてくれ!」
 あらん限りの声を出して叫ぶ。秀喜と工藤、笹田も同時に叫んだ。
「ここだ! 助けてくれ!」
 僕たちが叫び出した途端、先生と宮本たちが「こいつ等、頭がおかしくなったんじゃないか?」というように見ている。僕は宮本たちを見た。
「みんな一緒に叫ぶんだ! 叫ばなきゃ助からないぞ!」
 僕が言うと、宮本は鼻で笑う。そして、自分の席に戻って座ってしまった。
 先生も関心がなくなったかのように席に戻ってしまう。ただ普段、宮本とつるんでいる鈴木と田淵が困った様子でいた。
 その時だ。
「その選択は間違っていない……」
 軍服の男がはっきりと言った。そして、彼は霧のように姿を消した。
 僕等がしばらく叫んでいると、花畑を滑走する機体のアナウンスが告げた。
『間もなく目的地に到着します。乗客の皆様は席に着き、シートベルトをつけてください』
 宮本と先生は、アナウンスに従いシートベルトをつけた。僕等はアナウンスに構わずに叫び続ける。
 すると、鈴木と田淵は僕たちを見て席に着くとシートベルトはつけずに、
「ここだ! 助けてくれ!」
 同じように叫びはじめた。
 徐々に飛行機は速度を落としながら、どこともわからない場所へ停止しようとする。
 祈るような気持ちで叫び続けていると、
「立花? いつからそこにいたんだ?」
 僕たちの姿がないと叫んでいた級友が、僕と秀喜、工藤と笹田を見て言う。
 途端に遠くから、訳のわからない言葉の騒ぎ声と足音が聞こえてきた。
 助かったのだろうか――胸を撫で下ろした途端、
「熱い! それに苦しいよ!」
 笹田が喘ぎながら悲鳴をあげる。秀喜と工藤も同じ反応をしている。
 そして僕も、皮膚を熱されるような熱さと煙に巻かれるような息苦しさを覚えて、そのまま気絶してしまった。