男たちは寄り道することなく、車で目的地に一直線に向かっていた。
 車中にいる男たちの人数は五人。全員がそれぞれの専門知識では一流で、自分の能力に自信を持っている。いわばエリート集団であった。
 そんな男たちが、ともに行動している理由は、数年前、彼らのリーダー的存在である一人が一つの提案を打ち出したことからはじまった。
 その提案とは、
「俺たちで会社を設立しよう。どんな依頼も請け負える何でも屋だ。一流の技術で依頼人を納得させ、その手の業界一位にのし上がるんだ。仕事のモットーは『最高の信頼関係と完璧な仕事』。まず、第一目標は個人会社。そこから有限会社へ。そして株式会社へ……最終的に世界へ!」
 その言葉にはじめは、聞いた仲間たち全員が戸惑ったが、彼の真剣さと情熱に動かされて一致団結した。
 同時に同じ志を持つ仲間が集まりはじめると、ネズミ算式に協力者の人数もあっという間に膨れあがり、立派な有限会社を設立していた。
 それから三年後の現在。
 会社は順調に経営力を増していき、株式会社にまで成長すると日本全国で十八店舗という輝かしい功績を放ち、そして今日に至っていた。
 その手の業界では五つの指には数えられる、集客も経営力も高い会社だ。
 更に顧客だけでなく間接的な依頼会社も確保し、創設当初にあった経営不安も解消されていた。
 そろそろ海外を手掛けても構わない頃であろう。
 そう全員が考える、そんな資金的余裕も出始めていた。
 彼らが会社の行く末を決定できる立場にある理由。
 今、車に乗っている彼ら五人は、そんな創設者である男と、はじめの誘いを受けて入社した本社の者たち。つまり幹部集団であったのだ。
 残りの四人もただ誘われただけではない。優秀な技能を取得していた。
 危険物取り扱いの各種免許、重機操作の各種免許、庭師から配送業も経験している。
 通常の依頼なら難なくこなせる、全ての知識を得ている者たちだ。
 本日の依頼は、子会社の引っ越し作業。
 彼らにとっては何のことはない。率直にいえば、楽な依頼であった。
 信頼関係と完璧な仕事。同時に手際の良さをアピールすれば、常連客になってくれるし宣伝もしてくれる。
 男たちは新たな顧客をつかむために責務を感じ、新たな仕事に燃えていた。
 目的の場所に着くと、彼らは慣れた手つきで準備した荷物を小脇に抱え、それぞれが子会社内に入る。
 待ち兼ねたように奥から姿を現した依頼人が、すぐに駆け寄ってきた。
 その依頼人に、リーダーが依頼の内容を確認するため口を開ける。
「引っ越し作業で構わないですよね? 運び出す荷物はあそこにある物、全てでよろしいですか?」
「ええ、高価な品物も入っているので慎重にお願いしますよ。荷物はそこのトラックに積みこんでいただければいいです。あと、なるべく正午前には、ここを出たいので……」
「お任せください。最高の信頼関係と完璧な仕事が、我が社のモットーです。勿論、すぐに終わらせますよ」
 依頼人の申し出を快く受け入れ、男たちは手際よく作業をはじめた。
 まず引っ越し作業経験者の指示を受けて、男たちは動き出す。
 配送業経験者の一人が大荷物を率先して運び出し、他の者たちが協力して効率よく荷物を積みこんでいく。
 計算され尽くした無駄のない動きと、誰ひとり手をとめない連携プレー。
 依頼人が感心したように、一つの作業が終わるごとに声をあげた。
 男たちはその度に鼻が高かった。
 自信を持って続けてきた仕事なのだ。他社に劣る点など一つもないという自負が、彼らにはあった。
 全てを運び出すのに正午まで掛からず、時間も余裕をもって終了して、更に子会社内の清掃もサービスとまでに完璧に済ませていた。
 これで最高の信頼を獲得できたであろう。きっと本日の客も再度、依頼を申し込んできてくれるに違いない。
 男たちは充実した気持ちで仕事を終え、依頼人に作業終了の報告をした。
 依頼人の表情は満足気で、提示した金額以上の札束を手渡してきた。
「素晴らしい! 噂以上の働きぶりでした……これはほんの気持ちです。また頼む機会があるかもしれない」
 依頼人が指示した以上の働きをするのが、男たちのモットーだ。
 当然のことですと告げて余分な金額を返そうとしたが、相手は金を無理やりポケットに押しこんできた。
 こうなれば、押し返すのは好意に反する。
 謝礼というかたちで受け取ると、男たちは現場を後にした。
 その日に頼まれていた分の、残りの仕事もいつも通りに難なくこなし、夜のとばりに包まれた道を進んで、男たちは本社へと車を向ける。
 何気なく車内でラジオをつけると、緊急ニュースが流れはじめた。
『本日、○×金融会社、兼自宅の社長宅から、全ての家具と貴金属が盗まれる事件が発生しました。現場には拭き取った大量の血の痕が残されており、社長家族が行方不明になっていることから……』
 男たちは息を呑み、自分たちが行ってきた仕事を思い出して愕然とした。
 午前中、引っ越し作業をしたのは○×金融会社。
 あの男は自分たちを利用して、まんまと金をせしめたのだ。
 異様に重たかった家具――その中に何が詰めこまれていたのか。
 男たちは想像して、身も凍る思いがした。
 いや、それ以上に逃げた男は行方を晦ましているだろう。
 そして、真実を話して警察が全てを信用してくれるのか、疑問が生じる。
 完璧に清掃した部屋。犯人の証拠は何ひとつ検出されないだろう。
 何故、荷物の中を確認しなかったのだと、厳しく尋問されるに違いない。
 全員が同じ思いで沈黙したまま語らず、胸中で思案するしかない。
 自首するべきだろうが、警察は信用してくれるのだろうか。
 最高の信頼関係と完璧な仕事がこんなかたちで仇になるとは。
 事件に関与したと世間に知れ渡ってしまったら、今までの信頼関係も崩れてしまうだろうし、どうしたら――
 男たちは沈黙を保ったまま、誰ひとりとして口を開かない。
 そして、虚しく緊急ニュースを続けるラジオの声だけが車中に響く。

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絶対に信頼できる関係は、この世にあるのでしょうか?
あなたの前にいるその人は、あなたを利用しようとしていませんか?
笑みの奥にひそむ闇の心にはご注意ください。