三寒四温の温が増えはじめた、心地よい日差しが降り注ぐ休日。久しぶりに出た街には冬の間とは、また違う活気が感じられる。
 あなたは見習いサンタクロース。期待の新人といわれながらも、まだ厳しい修業の中にいる。去年の聖夜にはじめて、プレゼントを配る仕事を任されたばかりだ。そんなあなたに与えられた担当地区は、あなたの住む地域の子どもたち三十人。
 子どもたちにもよく知られるサンタクロースは、何頭ものトナカイにソリを引かせて空を飛ぶ。物音たてずに目的の家に入ったら、子どもの望んだプレゼントを袋から取り出す。
 サンタクロースなら当たり前と思われるこの力は、実は魔法の力で可能になる。
 あなたは子どもたちに夢を与えるために必死に魔法を勉強して、ようやくこの誇るべき使命を与えられたのだ。
 世界中の子どもたちは、ひげを生やしたおじいさんがサンタクロースだと思っている。
 ところが、サンタクロースの担当は性別も年齢も関係なく、魔法で仮の姿に変身して仕事に就く。聖夜のある時刻に魔法の使用が許可されて、みながサンタクロースという使命に誇りを持ってソリに乗って飛ぶのだ。
 そんなサンタクロースも聖夜でなければ普通の人と変わらない。魔法の力を上げる修業を隠れて続けながら、一般人と比較しても変わらない生活をしている。サンタクロースには学生もいれば社会人もいるのだ。
 しかし、誰もが誇りを持って任務に就いている。あなたもその一人だ。
 ベテランサンタクロースと比べると、あなたの魔力量は中の下程度。そして、去年の聖夜にしてしまった失敗と、あることが出来なかったことが悔しくて仕方がない。
 それでも後悔だけでは始まらないと、聖夜が終わった直後から、必死に魔力を上げる修業をしてきた。
 今では聖夜の時には二頭しか繋げなかったトナカイの数も倍の四頭になり、プレゼントを出す魔法の袋も小袋から中袋になった。サンタクロース協会の会長にも、素晴らしい成長ぶりだと褒められた。
 でも、あなたは慢心しなかった。目標があったからだ。
 聖夜に出会った少女との約束を、一日でもはやく叶えてあげたかった。
 ところが、修業中にあなたは協会長に呼び出された。魔力と体を酷使しすぎだと、お達しを受けたのだ。
 頑張るのは感心だが、少しは休め――そう言われて仕方なく、あなたは気晴らしに街に出てきたのだ。
 ふと見るとサンタクロースの姿ではない自分が、ショーウィンドウに映っている。ところが、一軒一軒の店を覗く中であなたは足をとめた。目の前にあるのはペットショップ。ガラス越しにいる子犬の姿が視界に入ったのだ。
 ふいに少女との約束を、あなたは思い出した。
『お姉ちゃんと一緒に、散歩をすることができる子犬をください』
 聖夜に訪れた最後の一軒――少女が欲しがるプレゼントの内容は、靴下の中のメモというかたちで入っていた。
 その時、見習いであるあなたは、子犬を出す魔力を持っていなかった。
 そして、少女のお姉ちゃんは病気で入院中だった。
 相当のベテランサンタクロースにしか使えない命を創造する魔法は、短く見積もっても十年の修業時間が必要な高度魔法。頑張ってきた今でも、少女の願いを叶えることは出来ないだろう。もう一つの『お姉ちゃんと一緒』という願いを叶えるにしても、病気の症状を数日間、和らげられる程度のはずだ。
 ガラス越しの子犬があなたを見て尾を振っている。少女はどんな子犬が欲しいのだろうか。あなたは子犬を見ながら重い息をついた。
 その時だ。自分の隣に誰かが来たことに、あなたは気づいた。小さな気配は知らないものではなかった。息を凝らして横を見る。そこには、聖夜に出会った少女が立っていた。
 あなたは緊張した。少女と出会ったのはサンタクロースの姿の時だ。素顔がばれてしまうと、かなりまずい。とにかく距離を保ちつつ、その場を取り繕うしかない。
 素知らぬふりをすれば大丈夫。そんな安易な考えもあった。
 ところが少女はあなたを見た途端、視線を固定させていた。あの日と同じ、小動物のような丸い瞳が一点に向けられている。
 少女の視線はあなたの顔ではなく下――手元にあった。
 あなたはようやく気づいた。自分がつけている手袋を少女が見ているということを。
 手袋は少女が聖夜に渡してくれた手作りだった。世界で一つだけの手袋を付けている人が、目の前にいる。誰であっても思うだろう。この人は私のところに来た『サンタクロースさん』なのだろうと。
 もはや言い訳はきかない。あなたは少女に問い詰められることを覚悟した。
 しかし、少女はあなたの手袋を見ながら「そっか」と声を出した。全てを理解したような優しい口調だった。少女は持っていた犬のぬいぐるみを強く抱えて、あなたを見た。
「お姉ちゃんね、ほんの少しだけど家に戻ってこられるんだ。けど、子犬はまだ飼ったら駄目みたい。ぜん息がひどくなっちゃうからだって。でもね、この子がお姉ちゃんを元気づけてくれたから、きっと少し良くなったんだよ」
 少女は犬のぬいぐるみを抱えたまま、聖夜の時と同じように右の小指を出してきた。指きりとわかったが、何を約束するのだろうか。意味を捉えきれなかったあなたは戸惑ってしまった。
「今年のクリスマスイブのお願いを、ここで聞いてくれるって約束して。また家に来て。その時はお姉ちゃんも一緒にいるはずだから。お姉ちゃん、サンタクロースがいるって信じてくれないんだ。きっと、病気で落ちこんでいるから、そんなこと言うんだよ。サンタクロースさんを見たら、もっと元気になってくれるはずだから」
 あなたは快く了解すると、少女と指きりを交わした。そして、少女に説明した。自分の魔法が少しずつ上達していること、今のお願いは魔法の力を使うものではないので、違う願いを叶えることができるということを。
 すると、少女はあなたを笑顔で見つめてくれた。少女の母親が呼ぶ声も聞こえた。
「じゃあ、またホワイトクリスマスにして。そうしたらお姉ちゃんと雪合戦ができるから」
 あなたは少女の願いを聞いて驚いた。
 少女にわからないように使った秘密の魔法――それを彼女は知っていたのだから。
 手を振りながら母親のところに駆けていく少女の背中を見ながら、あなたは決めた。絶対に少女のお姉ちゃんの、ぜん息を治す魔法を今年中にマスターしようと――
 三寒四温の温が増えはじめた、心地よい日差しが降り注ぐ休日。冬も終わり、もらった手袋を衣装ケースの中にしまう時もそろそろのはず。
 あなたは明日から、日常とサンタクロースの魔法の修業の両立生活へと戻る。
 そして今年の聖夜も、純粋な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのだ。