今年も聖夜がやってきた。世界中のサンタクロースがたくさんのプレゼントを手に、子どもたちのところへ向かう日が――
 あなたは見習いサンタクロース。ベテランサンタクロースが引退したという理由で、日本の子どもたちにプレゼントを渡す仕事を任されたのだ。
 見習いとはいっても、個人実習を認められたあなたは、サンタクロース協会に熱い視線を向けられている期待の新人といっていい。そんなあなたに与えられた担当地区は、あなたの住む地域の子どもたち三十人だ。
 子どもたちにもよく知られるサンタクロースは、何頭ものトナカイにソリを引かせて空を飛ぶ。物音たてずに目的の家に入ったら、子どもの望んだプレゼントを袋から取り出す。
 サンタクロースなら当たり前と思われるこの力は、実は魔法の力で可能になる。
 あなたは子どもたちに夢を与えるために必死に魔法を勉強して、ようやくこの誇るべき使命を与えられたのだ。
 世界中の子どもたちは、ひげを生やしたおじいさんがサンタクロースだと思っている。
 けれど、サンタクロースの担当は性別も年齢も関係なく、魔法で仮の姿に変身して仕事に就く。聖夜のある時刻に魔法の使用が許可されて、皆がサンタクロースという使命に誇りを持ってソリに乗って飛ぶのだ。
 待ちに待ったその時間――あなたは自分に魔法をかけた。イメージ通りのサンタクロースに変身すると、鏡で姿を確認する。
 そして、自分に活力を与えるように「よし」と心の中で念じて外に出た。
 それでもまだまだあなたは修業中の身。ベテランサンタクロースは数十頭ものトナカイをソリに繋いで、大きな袋を持って飛び立つのに、その力があなたにはない。
 二頭のトナカイを繋ぐと、プレゼントを取り出す魔法の小袋をソリに載せ、手綱を引いて空へ飛んだ。
 何度かの訓練で飛んだ経験は持っていても、聖夜の日にはその想いも変わる。
 心地よい鈴の音を奏でながら進んでいくソリ――
 あなたは眼下に広がる灯りを見ながら、「ああ、あの窓ひとつひとつに子どもたちの夢が詰まっているんだな」と考える。
 心地よく鳴り響く鈴の音は、サンタクロースのあなたの耳に入っても、魔力のない者には聞こえない。鈴の音はサンタクロースたちが、お互いの場所を確認するためのものなのだ。
 あなたは目的地に着くと、子どものいる寝室をうかがってから魔法をかけた。そうすれば寝入っていない子どもたちも、睡魔に襲われて布団に入るのだ。
 家に入る時も煙突からという時代遅れな方法は必要なく、魔法の力で壁抜けをする。
 仕事は順調に進んでいった。残りは一件――住所を見ると、あなたの家からかなり近い。
 魔法をたくさん使って疲れつつも、あなたは最後の一件と自分に言い聞かせて手綱を引いた。先程よりソリの音が大きく聞こえた気もしたが、そのまま目的地に到着する。
 窓から子ども部屋を見ると、一人の少女が眠っていた。
 あなたは小袋を手に子ども部屋へと入った。部屋の奥には二足の靴下が飾ってある。
 眠っている少女は一人なのに靴下は二つ――あなたは不思議に思いつつも、プレゼントの希望が入っているはずの靴下の中を探った。
 中には『お姉ちゃんと一緒に、散歩をすることができる子犬をください』というメモが入っていた。
 あなたはそれを見て途方に暮れた。命を創造する魔法は、長い間、修業を積んだベテランサンタクロースにしか使えない。
 一年、二年――いや、はやくても十年はかかるだろう。
 その時、あなたは背後の物音に気づいた。振り返ると寝入っていたはずの少女が、小動物のような丸い瞳を輝かせてあなたを見ていた。
「ねえ、もしかしてサンタクロースさん?」
 少女に話しかけられて、あなたは思い出した。
 ソリの音が大きく聞こえたのは、魔法の力が少なくなったためであること。そして、子ども部屋に入る時に催眠魔法をかけていなかったという失敗を。
 少女の目はキラキラと輝いている。あなたが子犬を出してくれるのを期待しているのだ。
 あなたは残りの魔法力を絞り出すつもりで袋に手を入れた。意識を集中させて袋から手を出す。
 しかし、出てきたのは子犬の形をしたぬいぐるみだった。もう一度やってみても結果は同じだった。同じぬいぐるみが一つ増えただけだった。
 もう一度、あなたが挑戦しようとした時、少女が「もういいよ」と声を出した。
 全てを理解したような優しい口調だった。少女は二つのぬいぐるみを手にして、あなたを見た。
「お姉ちゃんね、ずっと病気で入院しているの。だから一緒に散歩ができる子犬をくださいって書いたんだ。無理だってわかってるよ。だってお願いって、一つだけのものでしょ? 私は子犬がほしいのと、お姉ちゃんと一緒に散歩がしたいって、二つのお願いをしてしまっているもの」
 ぬいぐるみを抱きしめた少女は「これ、二つもらってもいい?」とあなたに聞いた。
 あなたは少女の言葉に首を縦に振ると、自分は見習いで魔法がうまく使えないこと、もっと頑張れば子犬を出せることを説明した。
 あなたの説明に納得した少女が、右の小指を出してきた。指きりとわかって、あなたも指を出した。
「じゃあ約束! 私が大人になって子どもができたら子犬をプレゼントして。その時は、お姉ちゃんの子どもにもプレゼントを頂戴ね。あと……これ、渡すって決めてたから」
 少女はあなたに赤い手袋を差し出してきた。なんとか形になっているような手袋だったが、使ってみるとサイズはぴったりだった。
 あなたは少女に別れを言って外に出る。少女も笑顔であなたを見送ってくれた。
 魔法で壁抜けをしたあなたは、ソリに乗ると手綱を引いて空を飛ぶ。少女はずっとあなたに手を振り続けてくれた。
 もらった手袋と、指きりした小指が温かい。
 最後の仕事を終えたあなたは、次に少女と会う時は、少しでも魔法を上達させておこうと思った。
 せめて来年は、命を創造する魔法は無理でも、少女のお姉ちゃんが元気になる魔法を使えるようになろうと――
 自分の吐き出した真っ白な息を見たあなたは、今日できる限りのプレゼントを少女に渡そうと決めた。
 虚空に溶けこもうとした真っ白な息をつかむと、魔法の力を集める。
 そして、一気に魔法の力を散らせた。キラキラと細かい氷の粒が形をなして雪となる。
 今日はホワイトクリスマス――
 あなたは明日から、サンタクロースの魔法を解いて現実世界へと戻る。
 そして来年の聖夜も、純真な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのだ。