「……先生になりたかったの?」
「ああ。高校の時の恩師の影響でな」
「じゃあ、なりたいものになれてるから仕事は好きなんだね」
「仕事というより、数学が好き、だな」
それは、先生らしい答えで私は笑みを漏らす。
……安心した。
先生はうちの両親とは違うんだってわかって。
それと……少しだけ、嬉しかった。
私は先生のことで知らないことがたくさんあるから、こうして話してくれるのが、知っていけることが。
「もっと聞きたいな」
私の願いに、椎名先生は小さく首を傾ける。
「数学の話をか?」
「違うよ。先生のこと。先生の好きなものとか、苦手なものとか、子供のころはどんな子だったとか」
世間話のようなものでかまわない。
先生が普段何を考えてるかとか、昔食べたものの感想とか、他愛ないものでもいいから。
好きな人のことを、もっと知りたい。
だけど、先生は「聞いてもつまらないだろ」と言い、またキーボードに手を置いた。