「先生も強がりだね」


苦笑いを浮かべながら言えば、先生もまた「そうかもな」と自嘲し苦笑する。


「これ、書いておけよ。俺のサインはしておくから」


そう言って、先生は利用カードにペンを走らせた。

私はふと、あることを思い出して、もう一度「先生」と呼ぶ。

痛みを抱える先生だから、聞きたい。


「前にね、テレビドラマで言ってたんだ。痛みを知って泣いた数だけ、人は強くなれるんだって。それ、本当だと思う?」


痛みを知ったら臆病になるんじゃないか。

涙しただけ、弱くなるんじゃないか。

ドラマの主人公は見事に痛みを乗り越えて、明るい未来を手に入れていたけれど。


「……どうだろうな」


椎名先生はボールペンを静かにデスクの上に置き、視線をそこに落としたまま呟く。


「俺は、あれから少しでも強くなれてるのか……」


それは、かろうじて耳に届くような小さな声。

先生は少しの沈黙の後、落としていた視線ごと顔を上げると、漂わせていた寂しげな雰囲気を振り払うようにいつもの冷静沈着な表情になる。


「帰り、痛むようなら誰かに迎えに来てもらえよ」


先生は落ち着いた振る舞いでそう言うと、保健室から出て行った。