十一朗たちは貫野刑事に教わったネット喫茶に足を運んでいた。立体交差点を越した場所に立つ四階建てのビル。その向こうには児童公園と総合病院が見える。
 今回は男のワックスもいるので心強かった。これなら犯人を前にしても怖くない。
 十一朗は腕時計を見た。部室を出て十分経っている。車でも、貫野たちがここにくるには、あと五分ぐらいかかるだろう。
 自殺屋を自首させる――刑事という職でありながら、貫野は破らないと約束してくれた。感謝した。十一朗は刑事も満更ではないなと思っていた。
 面と向かって言葉で攻めたてて自供させるのが、今回の狙いだ。完全に犯人を観念させなければ、おそらく自首はしないだろう。久保を殺したことがそれを裏付けている。
「ねえ、Оがここのネット喫茶を使用しているとしてもだよ……今日くるかな? 捜査の手が及んでいないかとか、警戒してこないなんてことない?」
 そんな裕貴の問いかけに、ワックスがネット喫茶の会員証を出して見せた。
「俺さ。ここのネット喫茶、利用してんだよ。もし、犯人がこなくても会員登録は見れると思うぜ。監視カメラだってあるから、そこから犯人を捜すこともできるし」
 得意がって言うワックスだが、十一朗は唸った。
「それは一般人の俺たちには無理だよ。個人情報保護法とか規制があるしね。できるのは警察だけ。とにかく貫野刑事を待たないと行動できないな」
 駐車場で貫野たちがくるのを待つ。その時だ、ネット喫茶の扉が開いて人が出てきた。
 客。中学生の少女だ。その姿を見て、思わず十一朗と裕貴はワックスを引っ張って、隠れるように指示した。車の陰から確認を取る。
 記憶の中にある容姿、紺色のコートにショートカット。
 出てきたのは日野みどりだった。周囲の様子を窺うことはなく、目の前にあるコンビニに入っていく。食料の調達だろうか。出てきた手には二人分の弁当があった。
 ネット喫茶の中に日野みどりの連れがいる。それが谷分なのかОなのか緊張が高まる。
「誰あれ? 二人とも知ってんの? 顔見知り?」
 不思議そうにワックスが言う。
 顔見知り? と訊かれて十一朗は気づいた。何も隠れる必要はない。自分たちは彼女の顔と素性を知っているが、谷分の家で隠れていた日野は、自分たちを知らないのだ。
「そうだよ、隠れる必要はないんだよな。あっちは俺たちのこと知らないんだから」
「今さ、二人分のお弁当持ってたよね?」
 裕貴が確認してくる。事情を知らないワックスは首を傾げたままだ。
 しかし、ワックスの疑問は違うところにあったらしい。「うーん」と唸ると口を開いた。
「俺さ、あの子、どこかで見たことあるんだよな……」
 鉛筆を持っていないが、指は鉛筆を回す動きをしている。十一朗が集中する時に空を見るように、ワックスも集中する時、鉛筆を回す癖がある。
「バイト先の客だったかな……くっそ、駄目だ。思い出せねーし」
 苛立つように地面を踏み叩く。鉛筆がなければ能力も落ちてしまうらしい。ワックスが思い出すのを待つことにした。
 しかし、日野みどりをここで確認できたのは運が良かった。自殺屋Оが利用しているネット喫茶を日野も利用している。それは二人が繋がっている可能性が高いということだ。
 つまり、日野と谷分、自殺屋Оの関係は、『エンドウとキンセンカ』のチャット仲間だけではなく、互いに顔を付き合わせているかもしれない関係ということにもなる。
 裕貴が持ってきた飴玉を口に放りこむ。そして、十一朗とワックスにも手渡した。
「三人の関係が繋がったね……けど、三人が仲間であるだけじゃ、完全な逮捕には結びつかないでしょ? 証拠のあるОはともかく、日野と谷分には証拠がないし……」
「何? あの子、犯人? マジかよ。可愛いのにな……」
 ワックスに説明していないので、話の腰が途中で折れてしまう。十一朗は部室で纏めたノートをワックスに渡した。目を通し終えたワックスは、納得したようにノートを返す。
「ふーん。つまり……現場で毛髪が発見されたОだけは久保殺害の証拠で逮捕できるけど、あの二人には殺しの証拠がない。二人の自供任せってことになるのか」
「そういうこと。谷分は自供する気がないみたいだし、性格もかなり慎重派だ。誘導尋問で崩すのは難しいな……日野なら崩せるだろうけど、あっちは証拠が少なすぎるし」
「それで? どうする気なんだよ? 自首なんてさせることができるのか?」
 不意にワックスが後ろを振り返った。一台の車が駐車場に入ってくる。乗っている者の顔が見えた。助手席に貫野、運転席に文目の姿が見えた。