「私もこれを見るだけでつらいんだよね……もう消そうかな。どうせ犯人が打ったものだし」
 突然、裕貴が携帯の操作をはじめた。十一朗は慌てて裕貴の携帯を奪い取る。
「よせって。犯人が打った以上は、これも証拠だ。消さないで取っとけって」
「プラマイに私の気持ちなんてわかるわけないよ。自分の携帯に、京子を殺した犯人のメールがあるなんて耐えられない。消すって決めたんだから、返して」
 裕貴が激しく反論してきた。これだけ気持ちを露わにする裕貴は珍しい。
 しかし、かといって記録を消されるわけにもいかない。十一朗は携帯を奪い取ったまま、ワックスの隣の、もりりんの席に座った。
 奪い取った携帯の扱いに苦闘している十一朗を見て、ワックスが言う。
「プラマイ、幼馴染みなら少しはわかってやれよ。そんなに三島が自分の携帯に取っておくのが嫌なら、違う場所に転送すればいいじゃん。俺の携帯でもいいし、そのパソコンでもいいしさ」
 ワックスはミス研共同のパソコンを指差した後、自分の携帯も出した。
「転送? そんな機能があるのか? どうすればいい?」
 機械音痴な十一朗は何もわからない。せっかくの助言も知識がなければ何もならない。
「教えてやるよ。そのボタン押して――」
 不器用な手付きで十一朗は、言われたままの場所のボタンを押した。するとそれを見てワックスが笑い出す。
「何がおかしんだよ? 間違ったか?」
 変なボタンを押してしまったことで、誤作動があったのではないかと十一朗は慌てた。
 しかし、ワックスは「違うよ」と言って、まだ笑うのをやめない。
「信じられねえ。人差し指でキー打つ奴、初めて見た。プラマイ最高」
 ワックスの爆笑とともに、裕貴も「え? もう一度見せて」と、十一朗をからかう。
「普通、人差し指じゃないのか? じゃあ、どっちだ?」
 携帯を持ち替えると、先程以上にワックスは笑い続けた。
「両手じゃねえって、片手持ち。で、親指で押すんだよ。まじ、腹痛えー」
「右手で扱うもの? 左手で扱うもの?」
「頼むから、真面目に話してくれよ。冗談でも面白すぎるって」
 十一朗は真面目に訊いているのだが、ワックスはそう捉えてはいない。裕貴もずっと笑いを堪え続けている。
「普通は利き手の親指だよ。まあ、怪我をしたなら利き手の人差し指でやるかな。いくら親指でやるとしても左じゃ利き手じゃないからやりにくいし……もう、私がやるから返してよ。消さないって約束するから」
 先程までとは違う落ち着いた口調で、裕貴は手を差し出してきた。本人に任せたほうが間違いはない。十一朗は正直に携帯を返してから、部長の席に座る。
 その時だ。裕貴の携帯電話が鳴った。最近のダウンロード数一番の音楽が部室内に響く。
 待ちわびた連絡に、いつもキリのある部分で通話を始める裕貴だが、今日ばかりはイントロ部分で取った。
「ご苦労さまです。どうでしたか?」
 話の出だしから貫野に間違いない。それを証拠に、
「感心、感心。誰かさんと違って挨拶できるんだなあ」という嫌味の返事が聞こえた。
「はい、プラマイ。貫野刑事が代わってだって」
 裕貴から携帯を受け取った十一朗は、着信名の部分を見て笑った。『貫野巡査部長』とある。電話越しの向こうは、そんな登録をされているなどとは微塵も思っていないだろう。
「代わったよ。どうだった?」
「やっぱり、お前はタメ口かよ……」
 貫野は息を吐いてから応えた。電話向こうから人の声が聞こえる。一課からかけてきているのだろう。それにしては騒がしく感じた。
「エンドウとキンセンカのチャット記録を全て見た。そうしたらな、お前の予想通り谷分と日野、そしてОが接触したと思われる痕跡を見つけた。どうやら集団自殺を考えていたみたいだな。死に場所と時間の記録まで残っていた」
 十一朗は携帯を強く握った。推理は間違ってなかった――まだ道は消えていない。
「……ということは、その騒ぎはその時にОが操作したパソコンの場所がわかって、みんな現場に向かっているってこと?」
 十一朗の質問に貫野は「いや……」と答えた。
「犯人が都外の警察署に自首したっていう噂がネットで流れてな。今、確認作業に追われているところだ。そのせいでОが操作したパソコンのところにはまだ行っていない。おそらくこれは自殺屋の仕業だな。時間稼ぎか、捜査の攪乱が狙いなのか、犯人の意図は計りかねるがな」
 十一朗はパソコンの電源を入れた。犯人がどこから噂を広げたのか確認するためだ。
 検索キーワードに『自殺屋』『自首』と入れる。何件かがヒットした。その中で一番確実そうなホームページを開く。
 それは掲示板にあった。書き込み時刻は二時間前だ。
『自殺屋が都外の警察署に自首したってよ。どうやらひとりじゃないらしいぜ。しかも全部の公開自殺事件が自殺屋のせいじゃないみたいだな』
 犯人しか知りえない情報であった。裕貴も興味を示して覗きこんでくる。
「で? Оが操作したパソコンがどこにあるかはわかったのか?」
「ああ、それはな……近いぞ。市内のネット喫茶からだ。ただ、谷分と日野が使っていた場所とは違う。立体交差点知ってるか? そこの突き当りにある場所だ」
「あれか……」
 漫画読み放題、ネット使いたい放題、ドリンク飲み放題の特典付き! という大きな看板を立てているビルを思い出した。利用客は多いし、かなり繁盛している。ここら辺では一番大きなネット喫茶だろう。