翌日の放課後――十一朗と裕貴はミス研の部室で、貫野からの電話を待っていた。全ては自殺志願者サイト『エンドウとキンセンカ』のチャット内容にかかっている。
 そこで、もうひとりの自殺屋であるОの正体をつかめなければ振り出しだ。
 ネット内の会話は基本、ハンドルネームか無名で行われるものだから、どこからの通信かまで遡らなければならない。困難な作業であるため、捜査は難航すると思われた。
 部室に入ってから十一朗は大学ノートを開き、公開自殺事件の詳細をまとめていた。行動してきた足取りとつかんだ情報、人物の繋がりまで事細かに書き記していく。
 見逃しはないか、些細なことでも結果に結びつくと信じて、記憶を巻き戻していく。
「なあ、プラマイ。さっきから、何してるわけ?」
 そんな十一朗の行動を見て興味を示したのか、ワックスがノートを覗きこんだ。内容を見るなり、高い声をあげて驚く。
「なにこれ? 公開自殺事件のことじゃん。いつの間にお前、こんなに調べていたの? お前さ、これ記者に見せれば高く売れるって」
 腹黒い考えを持った、ワックスの願いを聞くわけにはいかない。十一朗はノートを閉じると、鞄にしまった。
「金目的にやってないよ。記者に売る気だってない。それがたとえ母さんであってもだ。俺は約束したんだから、自殺屋を絶対に自首させるって……」
 第一の公開自殺の情報をくれた、冴恵に対してだけではない。それが死んだ久保の望みだと十一朗は考えていた。久保は自殺屋に自首を勧めて命を落としたのだから。
「あのねワックス。お父さん以外の刑事さんともプラマイは繋がりを持ってるから、気をつけたほうがいいよ。その刑事さん、泣かせの事情聴取をするって有名だから」
 裕貴の忠告にワックスが動きをとめる。
「まじで?」と訊いたワックスに、裕貴は「うん」と一即答した。
 貫野のことを言っているに違いなかった。確かに情報が漏れたと知れば逆上するに違いない。それにしても大袈裟なたとえのような気がした。
 聞いて信じたワックスは、二度とノートを覗きこまないだろう。十一朗は、またノートを取り出すと捜査内容を書き進めていく。
 裕貴は、その様子を見ながら、
「そういえば今日も、もりりんきてないんだね……また病院? 通院でもしてるの?」
 姿の見えないもりりんに気づいて、ワックスに話を振っていた。
「いやいや。病院だけど、病気なのはあいつじゃないよ。体型と食欲でわかるだろ? 病気なのは、妹のほう。なんか、重病らしいよ。確か、順番待ちだとか言ってたっけ。けどさ、今日が手術って言ってたし、肩の荷もおりるんじゃね」
 ワックスは言ってから、十一朗の手元に置いてあった推理小説を開いた。しかし、趣味に合わなかったのか、あらすじを見ただけで元の場所に置く。
「ま、妹のこともあるんだろうけど、きっと彼女が出来て大変なんだよ。俺、見たんだ。あいつが年下の可愛い女の子と歩いているところ! 腕なんか組んでたから確実だね! 人は見かけによらないっていうけど、あいつのこと言うんだな。俺、あいつにだけは負けないって自信あったのにさ……」
 嘘泣きの仕草でワックスは机に突っ伏す。意外な話に裕貴は目を丸くした。
「嘘! あの、もりりんが? どんな子? 見てみたい」
「嘘って言うな。本当? って聞いてやれよ。せめてさ……」
 十一朗は貫野と全く同じ口調で、裕貴に突っこんだ。色恋沙汰に夢中なのはかまわないが、もりりんがあまりの言われようで気の毒すぎる。
「興味あるだろ? 俺も気になったからつけたんだよな。そしたら、久保もつけてて――」
 そこでワックスは場が悪そうに口を噤んだ。自殺屋事件の被害者である久保のことをノリで話したと悔いているようだった。俯いた後、「ごめん」と十一朗と裕貴に謝る。
 久保が死んだのだから笑うな! とは言わない。笑っている時間もあるからこそ、久保の死を忘れることができる。忘れてはいけないが、全てを犠牲にする必要はない。
 十一朗と裕貴はワックスを責めずに、首を振った。
 ワックスは、拳を強く握りしめてから口を開いた。
「俺さ……薄情な奴だよな。プラマイと三島は久保が死んだ理由を必死に調べているし、もりりんはあの日、瞼を真っ赤に腫れ上がらせてたし……俺は泣けなかったよ。死んだなんて信じられなかったし、今でも信じられない。ホームページで久保の最期も見たのに、別人のような気がしているんだ。なんでだろ……直接、久保を見ていないからかな」
 ワックスの話を聞いて、裕貴は携帯を取り出した。

【裕貴ちゃん。今までありがとう……みんなにもよろしく言っておいて】

 久保の携帯からきた、最後のメールを開いていた。しかしこれは久保が送信したものではなく、犯人が他殺の偽装目的で送ったものだ。裕貴はしばらく見て、携帯を握りしめた。