皆が一斉に十一朗を見た。立ち上がった貫野は自分のコーヒーを零しかけた。
「待て待て、まさかお前、この日野って子の友達が自殺屋で――いじめにあっていたのを理由に、その男友達と協力して、公開自殺事件を起こしたって言いたいのか」
「確信はないけど、そうじゃないかと言った。そう聞こえなかったか?」
「聞こえたよ。だから慌てたんだろう……いくら何でも、それは飛躍しすぎだ」
 貫野が懐からタバコを取り出す。灰皿を探すように周囲を見回した。
「ここ、全席禁煙。やめたほうがいいよ。結婚する前に死にたくないだろ」
 痛いところを指摘されたのだろう、貫野が舌打ちをする。
「ったく……喫煙者はなあ。高い税金払ってタバコを吸ってやってんだよ」
 タバコの代わりに口の中に、コーヒーを流しこんだ。
「つまり、少女と付き合っていたその男は、公開自殺の始まりとなったあの事件に関わっただけでなく、久保殺害事件の共犯でもあるってことか……で、お前はその男が自殺屋で、そいつが誰だか調べろと」
「勘が鋭くなったなぁ、貫野刑事。ちかいうちに警部補になれるよ」
「褒めたって何も出ねえぞ……」
 貫野は喫煙できない苛立ちを、横で含み笑いをし続ける文目の頭にぶつけた。
「それとな、もっとすごい情報がある。久保京子のパソコン内のデータは消されていたが、鑑識がそのデータの救出に成功した」
 貫野の言葉に十一朗は思わず立ちあがった。
 専用ソフトで消さない限り、データは生き残っている。犯人はソフトを使って消していなかったのだ。
 第一、第二の公開自殺はデータを消す余裕があったが、久保の時にはその時間がなかったとも考えられる。証拠は残っていた――運は尽きていない。
 裕貴も「嘘っ」と一段階高い声で叫んだ。
「嘘って言うな。本当? って聞け。で――久保の登録データで、頻繁に出入りしていたサイトがわかった。サイト名は『エンドウとキンセンカ』だ」
「自殺志願者サイトか」
 眉ひとつ動かさずに答えた十一朗に、貫野が「けっ」と舌を鳴らした。
「何で言う前にわかっちまうんだよ。本当にいけすかないガキだな」
「わかるって、花言葉だろ。まあ、ひとつの花に花言葉は沢山あるけど……エンドウは永遠の悲しみ、キンセンカは別れの悲しみだ。共通する悲しみの言葉を抜けば、永遠の別れになる」
 女性の裕貴が興味を示したのか聞き入っている。
「貫野刑事のために言うけど、ちなみに赤いチューリップの花言葉は愛の告白。逆に白いチューリップは、失恋の意味もあるから気をつけたほうがいいよ」
「聞いてねーよ……」
 気持ちを取り直すかのように、貫野は咳払いをした。
「何人かと接触していたみたいだな。大事なのはこの後だ。久保は死んだ日に誰かと会う約束をしていた。このサイトの人物とだ。で、他の奴が、そっちの捜査にあたってる」
 先程、貫野が「多分、お前さんが考えている以上に進んでる」と言ったのはそういうことだったのだ。
「そいつが自殺屋である可能性が高いってことか」
「そういうことだ。まあ、日野みどりであれば、楽なんだけどな」
 貫野に言われなくてもわかる。この数時間で見えなかった自殺屋の影が、背中まで見えはじめている。
 落ち着きなく周囲を見た貫野は、残ったコーヒーを一気飲みした。
「じゃあ、俺たちはその謎の男とやらを捜すか……刑事部長に徹底的に調べろって言われているしな」
 貫野は立ちあがってから、文目に目配せした。十一朗は二人を仰ぎ見る。
「父さんが?」
「ついでに、お前の行動にも注意しろって言われてる。だから、無茶だけはすんじゃねえぞ。お前に何かあったら俺はお払い箱だ」
 貫野は二千円を置くと、火を点けていないタバコをくわえながらテーブルを後にした。
 十一朗はその背中に向かって叫んだ。
「貫野刑事、お釣りサンキュー。それとここ、路上喫煙禁止区域」
 それを聞いて、貫野はまた舌打ちをした。