翌日――十一朗と裕貴は、授業を終えるとすぐに、最初に公開自殺をした少女の家に、足を運んだ。
 目的の家は閑静な住宅街の片隅にあった。一戸建て住宅二階建て、屋根裏部屋もあるようで天窓が見える。傍から見れば普通の家庭。それなのに少女は心を崩壊させていたのだ。
 自分より力がない者だと見るや、その相手を気晴らしの標的とし、虐めを繰り返した。
 暴力、カツアゲ、集団無視、物を隠すような悪戯があったのは昔も変わらない。現在ではネット内での中傷などという悪質なものもある。少女はその全部を行っていたという話だった。
 いじめは大人の感知できない隠れた場所で行われる。大人が気づいたとしても対処を間違えれば、更に悪質な行為にも発展する。
 被害者はこれを恐れるから言わない。加害者は相手が言わないと知っているからやめない。
 しかし、クラスの者は知っている。その子は、いじめられていた。死にたいって言っていたのを聞いた。
 知っている者が言わない理由は報復を恐れるからだ。だから他からも漏れない。
 最悪の事態が発生して、はじめて気づく場合が多い。その時、大人たちは言う。
「何で助けを求めてくれなかったのか――」
 この自殺屋事件もまさにその実例といえた。誰もが隠していた事実、親も知らなかった我が子が犯していた罪。
 その為に今も、第一の公開自殺をした少女の母は、我が子がいじめにあって自殺したと思いこんでいる。
 呼び鈴を鳴らすと、微かに人の動きを感じた。覗き穴でこちらの様子をうかがっているようだ。なかなか出てこない。大勢記者がつめかけて、取材を求めていれば無理もなかった。
 十一朗は持ってきた供花が見えるように正面に抱え直した。服装も普段着ではなく制服のままできた。これで相手は自分たちを信用して扉を開けてくれるだろうという判断からだ。
 その思いが通じて、扉が開いた。顔を覗かせたのは少女の母親だ。睡眠もまともに取れないほど心身ともに打ちのめされたのだろう。目の下には濃いクマが見えた。
「突然すみません。僕たち、沙耶さんにお線香をあげたくてきました……よければ、あげさせてもらってもいいでしょうか?」
 小林沙耶――最初に公開自殺をした少女の名前だった。十一朗の言葉を聞くと、母親は快く家の中に招き入れてくれた。微かに線香の香りがする。
 居間の奥に仏壇はあった。誰かがあげたのだろうか、燃え尽きた線香が見えた。
 十一朗は供花を母親に手渡して、線香をあげた。裕貴も続いた。二人の様子を後ろで見つめながら、母親は正座している。
 全てを終えた二人を見て、沙耶の母親のほうから切り出してきた。
「ありがとう。沙耶もきっと喜ぶわ……二人とも、沙耶とはお友達?」
「いえ、話をしたことはないのですが、沙耶さんの親友が僕たちの後輩なんです。沙耶さんの話を聞いてから、僕たちの祈りが少しでも冥福につながるならと思ってきました」
「そう……」
 母親は遺影を見た。遺影の中の沙耶は、弾けるような笑顔で写っている。制服のところを見ると、学校のイベント時に撮ったものだろう。ホームページに公開された証明写真とは対照的に、生気に溢れたものだ。
 十一朗は周囲を見た。キッチンに飲みきった二つのコーヒーカップが置いてある。
「あの……僕たちの前に誰かきたんですか?」
 燃え尽きた線香と数の合わないコーヒーカップが、それを意味していた。
「ちょっと前に、警察の方が二人――」
 十一朗の中に二人の刑事の顔が浮かんだ。貫野と文目――
 警察も何らかのかたちで、本格的にこの事件を他殺として捜査しはじめたという証拠だった。
「あの――」
 十一朗はそれを機に本題へと移る。
「沙耶さんが命を落とした場所で、黙祷させてもらってもいいですか?」
 現場を見せてくれと直接言えば怪しまれるだろう。十一朗は遠回しに語った。
 母親は一瞬、困惑をあらわにしたが、「ええ」と小さな声で頷いてから立った。
 少女が命を落とした現場は、階段を上がった先――突き当りの部屋であった。