「そのことって、警察に言ったの?」
 裕貴が訊くと、冴恵は首を横に振った。
「うううん。みんな怖がって警察には話してないよ。ほら、自殺した後に、たくさんのコメントが書きこまれたでしょ? その中で悪質なものがあったって警察がきてさ。うちのクラスの子の何人かが、かなり厳しく事情聴取をされたって広めて。だからみんな無闇に話したら警察に捕まるとか、本当のことを話したら自殺屋に殺されるとか噂してるんだよね」
「じゃあ、冴恵ちゃんも言いにくかったろう? ごめんな。無理に頼んで……」
 十一朗は冴恵に謝った。裕貴も「お詫びに奢るから」と続ける。
「言いにくいことはないよ。だって信じてないもん。それに、刑事の息子って聞いたし」
 冴恵はケーキを一口してから十一朗を見た。妹の言葉に千恵が身を乗り出す。
「すっごく偉い刑事さんの息子だから、最高のボディーガードだよって教えたの」
 弾けるような笑顔を向けて告げた。
 ――仕方ない。十一朗は照れくさくて頭を掻いた。
「それでね……」
 すると、千恵が急に真剣な面持ちに変えて語りはじめた。そして、
「京子のことなんだけど……」
 思いがけない話題を振ってくる。十一朗と裕貴は驚いて目を見合わせた。
「溝口……久保のこと知ってるのか? いつ? どこで?」
「塾が一緒だったの。知り合ったのは二年くらい前かな……同じ時期に習いはじめたから妙に気が合ってさ。メール友達だったし、ホームページも知ってた。あの子の書く小説が好きで、お互い書いた小説を見せ合ったっけ……京子さ、文章を書くのが好きだから、ルポライターになるって言ってたんだ。とにかく正義感が強い子で、真実を書きまくって、悪い奴を一掃してやるって意気込んで……自殺屋事件に関しても興味を持ってた。自殺を促すなんて許せない。絶対に正体をつかんでやるって言って――」
 思い起こすように、虚空を見つめた千恵は、はっと我に返る。
「ごめん、何か涙が出てきちゃった……まだ信じられないんだよね。京子がいないなんて」
 千恵は涙を堪えるように、瞼を押さえて天井を見た。
 ここにくるまでに何人の涙を見てきたであろうか。人の死は残った者の心を痛みつける。家族を友を――体はなくなっても記憶は置いていっているのだ。脳裏に刻みこまれた思い出は、残された者の中に住み着いて、一生消えることはない。
「京子さ、昨日メールしてくれたの。これがそう」
 千恵が携帯を出して、十一朗と裕貴に見せた。
『昨日はありがとう。火曜日、塾で会おうね!』
 自殺を考えた者が、絶対に書かないであろう内容だった。送信時刻は午前七時――公開自殺の前に打ちこまれたものだ。なので、この時久保は、まだ犯人と会っていない。
「久保の奴……自殺屋と会って自首させようとしていたのかもしれない。どこかで情報をつかんで、接近したんだ。だから死ぬ前日に俺たちに大切な話があるとか、みんなにもきてほしいって言った。一人で会うと危険だと思ったんだろうな」
 十一朗の話を聞いて、千恵がケーキを食べる手をとめた。
「嘘? 京子、そんなことは一言も……」
「第三者に教えて通報されたら、自殺屋に自首を勧めてもあまり意味がない。自首は捜査の手が及ぶ前に、犯人がすることで認められるから……ミス研の久保はそれを知っていたはずだ」
 久保の部屋に刑法の本が置いてあったのを、十一朗は思い出していた。同時に犯人像も見えてくる。
 久保は自殺屋が、公開自殺を繰り返す理由を知っていたのではないか。そして、自首を勧めることにした。理由があっての殺人と自首が加われば、酌量減軽の対象となる。ところが、犯人への説得はかなわず、久保は命を奪われてしまった。
 殺しを躊躇わないほど、自殺屋の意志は固い。自首させることは難しい。
 はじめに十一朗が語った、「自分が特別と思っている凡人。自己陶酔型の偽善者」という犯人像からは、かなりかけ離れてしまう。訂正せざるおえなかった。
 自殺屋――目的を達するためには犠牲も躊躇わない凶悪犯。目的を完遂するまで犯行を繰り返すだろう。独善的思想の持ち主――