ショーケースの中にはDVDが入っている。これも久保の趣味だろう。アメリカの科学捜査関連のものだ。それを見ながら十一朗は首を捻った。
「あのさ、ひとりで移動させられない?」
「いや、それは無理でしょ……引き摺るならともかく持ち上げるなんて。幅もあるし、重さだってかなりのもんだよ」
 十一朗の無謀な指示に、若い刑事が必死で否定する。本当にさせられるのではと思ったらしい。貫野が睨みつけているのだから尚更だろう。
「若いんだから、根性見せろ。中身取り出せば、少し軽くなるだろ……」
 思った通りのことを貫野が命令する。若い刑事は頭がおかしくなってしまうのではと思うくらい激しく首を振った。その様子を見届けてから、十一朗は貫野たちを指差す。
「そこなんだよ。女の久保ひとりじゃ、移動させることは出来ない。ということはやっぱり他の誰かが移動させたことになる。しかも、ひとりじゃなく、ふたり以上で」
 貫野たちの動きがとまった。十一朗の真に迫った説明に驚愕している。
「動かしたのが犯人だとしたら? 単独犯じゃないよな……そこ、念頭に置いて移動させてよ。そんな重労働までして、隠したかった何かが下にあるはずだから」
 十一朗を見て若い刑事が、刑事部長である父に近づいた。そして耳打ちする。
「息子さん、凄すぎです……」
 本人は小声だと思っているようだが、しっかり周りには聞こえていた。
「無駄口叩いてないで、はやく動かせ」
 貫野に背中を叩かれた若い刑事は、鑑識に目で合図する。
 再び、ショーケースに手がかけられた。しかし、途中で手をとめた鑑識が貫野に目配せをする。
「貫野さん。これ……」
 呼ばれて貫野が覗きこむ。ショーケースの角、鑑識が差し示した部分には、赤いものが付着していた。丁度、鑑識がショーケースを移動しようと手をかけようとした位置だ。
「血か?」
 貫野の問いかけに、鑑識は「おそらく……」と低い声で答えた。
「新しいものですね……彼女のものでしょうか?」
「調べろ」
 付着物が慎重に採取されてから、ショーケースは、もとにあった位置に戻された。
 皆がもとの位置に戻されるショーケースを見ている中で、十一朗はショーケースがあった場所にしゃがみこんだ。犯人が隠したかったもの、それが残されているはずであった。
 その様子に気づいた貫野も近づいてくる。そこには大きな染みが残されていた。十一朗は確信した。久保は自殺ではなかった。他殺――この染みがそれを決定づけた。
 犯人が隠したがっていた物がただの染みと知って、貫野は拍子抜けしたのか目を細くする。
「何だこりゃ? ジュースでもこぼした跡か?」
「違うよ。何でそれが他殺の証拠になるんだ?」
 貫野は唇を震わせながら、十一朗を睨みつけた。刑事部長である父がいなければ、殴りかかってきたかもしれない。
 興味を持って覗きこんできた鑑識のひとりは、一目でそれが何かわかったようだった。
 そして、十一朗と同じ見解を示した。
「どうやら他殺に決まりですね……」
 十一朗が探せと言っていた濡れた跡が、完全に他殺であると決定づけたのだ。鑑識の口から染みの正体が語られる。
「おそらく、被害者が失禁した跡です。犯人は他殺の痕跡を隠したかったのでしょう」
 鑑識の言葉を聞いて、貫野が「まじかよ」とぼやく。十一朗の識見が勝った瞬間だった。
 久保は犯人に窓際に追いつめられて絞殺された。必死に久保は抵抗したはずだ。しかし、抵抗はかなわずに意識を失った。
 緊張から解放された体は、抑制が利かなくなる。その時に、失禁という現象が起こる。
 自殺に見せかけようとした犯人は、かなり動揺したはずだ。失禁跡から遺体を移動させれば、他殺とわかってしまう。
 そう判断した犯人は、他殺の証拠になる失禁跡をショーケースで隠してから、遺体を移動させた。
 そして、久保の首を縄に掛けて自殺に装ったのだ。
 更に疑われない保健のため、世間を震撼させた『公開自殺』を模倣し、ホームページに彼女の最後の映像と遺書を公開してから、現場を後にした。
「おい、近所に聞きこみ。怪しい奴がいなかったか、徹底的に調べろ」
 貫野の指示で刑事たちが飛び出していった。自殺から他殺、状況は一変した。
 これは一連の事件と関係があるのか? 自殺屋と何か絡んでいるのか?
 十一朗の中で自殺屋――いや、殺人犯に対しての怒りが爆発していた。