父を玄関まで見送るのが母の日課になっている。すかさず立ち上がって玄関までついて行く。
 キッチンで一人になった十一朗は、ニュースを見ようとテレビをつけた。流れていたのは天気予報だ。番組は終わりかけている。時刻を見ると七時ちかくだ。
 父を見送って戻ってきた母が、テレビに映った時刻を見て「あっ」と声を上げた。
「私もそろそろ出ないと……とっ君、戸締りお願いね。それと携帯のこと考えといて」
 念を押す母の背中を座ったまま見送った十一朗は、約束の時間になるまで推理小説を読むことにした。
 自室に読みかけの本がある。父や母の前では読みにくくて隠していたものだ。
 推理小説には当然、主人公が存在する。そして、職に就いているものがほとんどである。主人公が刑事や記者ならいい。読んでいるのを見たら、二人とも凄く喜ぶ。
 ところが、十一朗は主人公が探偵であるものを好んで読んでいた。理由は探偵に興味があるからだ。個人事務所を持っている探偵が、上下関係を気にせずに孤軍奮闘する。収入を決めるのは自分の能力値――頑張りが結果につながる職業だ。
 刑事は公務員だし、記者もフリーでない限りは月給制だ。親がその立場で必死に働いていると知っているから、余計に刑事と記者への憧れが薄れてしまう。
 春には高校三年生になる。担任に「進路はどうするつもりだ」と訊かれ、十一朗は本当のことを答えられずに「大学へ」とだけ答えた。
 十一朗は自室に小説を取りに行く前に新聞を開いた。新刊発売情報を見るためだ。
 探偵ものはほとんど読んでしまっている。だから新刊が出る度に、発売日に本屋に行く。トリックを見破り、犯人を追いつめていく姿に憧れる。しがらみのない世界に浸かりたくなる。
 ミス研は自分に似合いの場所だと十一朗は感じていた。そこ以外の居場所は考えられない。
 自室から小説を持ってきて数十ページほど進んだ頃だろうか。不意に電話が鳴った。