その日――寒天を覆った厚い雲は、冬の僅かな陽光を遮って、代わりに針のように細く、冷たい雨を地上にもたらした。帰宅時間には雪に変わるという予報だった。
 黄昏時になってから予報通り、雨に雪が混じりはじめた。今年はじめて到来した空からの贈り物は、気温を一気に下降させ、容赦なく地面を冷やしていく。
 みぞれはすぐに牡丹雪となり、排気ガスで汚れた灰色の景色を、小時間で白銀の世界へと変えた。街を覆い尽くした純白のふとんは、人類を休息の帰途へと急がせる。
 しかし、二十四時間眠らない街、東京の雑踏は途切れることがない。帰宅時間が過ぎても、己の使命のために戦い続ける者たちがいる。
 雪で路面が凍結すれば、事故も増えるだろう。
 千代田区霞が関、本庁、通称桜田門。男たちは、そんな厳戒態勢の中にいた。
 彼等の予想通り、事故発生という連絡は徐々に増していった。こうなれば一番忙しいのは交通部だ。次々と出払っていく。
 そんな交通部の動きを窓際で眺めながら、
「轢き逃げがなきゃいいがな……」
 捜査一課の刑事は呟いた。
 轢き逃げや車上狙いなら、捜査一課も交通部と合同で業務することになる。
 積雪の中、車を走らせるのは嫌だ。というのが捜査一課全員の正直な気持ちであった。
 そう考えたのは犯罪予備軍も同じなのだろう。
 積雪の影響で倍増する事故とは対照的に、殺人、傷害、強盗発生の連絡は激減した。
 不謹慎であろうが、普段休む暇のない捜査一課も、犯罪予備軍の心変わりのお蔭で、しばしの休息を得られたのだ。
 このまま平和な日常が続いてくれたら、それに越したことはない。ひとときの安息はどれくらい続くのか。せめて今日だけでも何事もなければ――
 が、そんな思いも空しく、安息の時を破る一報は捜査一課に伝えられた。
 スリップ事故なら交通部扱いであり捜査一課の領域ではない。つまり事件である。
 捜査一課全員が色めき立つ。 殺人か強盗か傷害か――
 しかし、いつも冷静に対処する捜査一課の刑事たちが、概要を聞いた途端、息を呑んだ。