『でさ…』


秋夜が仕切り直すかのように声を出した。


純朴な少年の頬は僅かに染まり、次の言葉を模索するかのように唇が動いている。


私はそれを今か今かと待ち焦がれ、ただ彼を黙って見つめる。


正直、同じクラスになった春の段階から、秋夜の気持ちには気がついていた。


間違いなく二人は両想いなのだ。


『丁度さ、チケットが2枚手に入ってさ、もし良かったら…今度の日曜にでも一緒に行かないかな〜なんて…』


キタ―――!!


遂に訪れた秋夜からのデートの誘い!!
断る理由は皆無!!


『え!?本当!?
あの…私なんかとで良いの?』


『別にいいよ。他に行く相手いないし』


『そう?じゃあ…行っちゃおうかな』


白々しいやり取りに胸がキュンとなる。
お互い好きなのに、それを言わないこの甘酸っぱい距離がたまらない。


でもそれも、今度の日曜日で終わりを告げる。
きっと、ロマンチックな遊園地の夜景を見ながら、秋夜は愛の告白をしてくれるはず。


きっと、記念すべき素敵な夜になる―――…。




『江本さん』


妄想に胸をふくらませている私の背後から、再び蒼ノさんの呼び声がした。


私は聞こえないフリをして秋夜の横顔をうっとりと見つめ続ける。


『江本恵梨奈(エモトエリナ)さん』


今度は、蒼ノさんは私のことをフルネームで呼んできた。


『もう、何よ!』


私は振り返り、蒼ノさんの端麗な顔を睨みつけた。


声が思わず高ぶり、秋夜が怪訝な表情で私を見る。


だが、すぐに前へと視線を戻すと、何事もなかったかのように"前の席にいる麻美子さん"と再び楽しげに談笑を始めた。


秋夜と麻美子、二人は両想い。


私の大好きな秋夜は、私のことなんて好きじゃないし、それどころか眼中にすら入ってない。




『あのね、江本さん』


気がつくと、蒼ノさんが私の方へと顔を近づけてきていた。


『私ね、遊園地のチケットを1枚持ってるんだけど、良かったら江本さん行かないかなぁと思って…』


小声でそう囁いた蒼ノさんは、意味深に微笑を浮かべた。