パパは猫が嫌いだ。

おばあちゃんが猫をだいっ嫌いなせいか、二人とも猫に触ることができない。

そばにいるのでさえ苦痛なのだから、相当なものだ。


あたしはランドセルを揺すりあげて、川沿いの道を家まで歩いていた。

今日はパパがお休みで、早く帰ってきて買物に行こうと約束していたので、仲良しの加奈ちゃんや咲良ちゃんにバイバイして先に帰ってきていた。

あたしは新しく買ってもらう服や、お店にあるふわふわでキラキラしたかわいいもののことを考えて嬉しくなっていた。



その時、あたしの前をころころとしたものが横切った。

え、なにと思うと、それは立ち止まってあたしを見た。

ふわふわで小さい子猫があたしを見上げてちょこんと座っていた。

「かわいい~」

思わず声を出したら、子猫の体がびくんと跳ねた。三角というより楕円をした小さい顔に、不釣り合いなくらい耳が大きい。

むくむくの毛は本当にぬいぐるみみたいで、触ったらきっと気持ちいい。

犬だったらパパも嫌いではないけれど、マンションで動物を飼うことはできなかったからあたしはあまり動物に触ったことがなかった。

パパと約束していたから、早く帰らないといけなかったのに、あたしは子猫が触りたくてたまらなくなって子猫の前にしゃがみ込んだ。

そおっと手を伸ばすと、じいっと見つめて逃げなかった。ゆっくり手を伸ばして子猫に触るとふわっふわで、ぬいぐるみよりずっと手触りがいい。

よく見ると眉毛らしい毛の先が垂れ下がっていて、愛嬌のある顔をしていた。

触っていても逃げないので、あたしは思いきって子猫を抱きあげた。ひょいっと持ち上げる時に、壊れそうな細い体が怖くなったけれど、おとなしくあたしの膝に乗った。

「……やぁ かわいい……」

ぎゅってしたい。でも、びっくりして逃げちゃうかも。あたしの心臓はドキドキして、幸せな想像を実現させたくなる。もし本当に、ぎゅってして逃げなかったら、うちで飼ってみたい。
ふわふわした毛をなでていると、ふいにシャーッという音がした。

なんだろうと思って、顔をあげたら、毛を逆立てた猫があたしを睨んで、シャーッシャーッと声をあげていた。

なに、これ…怖い

どうしてシャーッて言われなくちゃいけないの?

座ったまま、じりじりと後ずさる。あたしが後ろに下がった分だけ、猫は間を詰めてくるので、猫とあたしの距離は変わらないでいた。

逃げられない…あたしはパパがキライだという猫の怖さをじりじりと味わっていた。

怖い、どうしよう…

あたしは思わず子猫を抱きしめていた。




「……汐ちゃん!」

パパの声がしたかと思ったら、あたしと猫の間にパパが割り込んできた。

「大丈夫、けがしてない?」

青ざめて真剣な顔をしたパパの足は、ぶるぶる震えていた。それを見て、良かったと安心するあたしと、パパ大丈夫かなと心配するあたしがいた。

パパの言葉に、あたしはなんとか頷いた。頷くと涙がこぼれそうになったけれど、ぎりぎり大丈夫だった。

「こら猫、うちの汐里になにするんだ」

肩を怒らせたパパは、猫を追い払おうとしたけれど、猫も毛を逆立てて一歩も退かない。それどころか、シャーッと威嚇してくる。

「……ど、どうしようっ…汐ちゃん」


眉毛を八の形にしたパパが振り返る。

「あっち行ってって言って!」


「よし…あっち行け!」

手を振って追い払おうとするけれど、ぴょんと横に跳んだだけで逃げなかった。
パパ、大丈夫なのかな。あたしは落ちついてきて、猫よりもパパが心配でたまらなくなる。猫、だいっ嫌いなのに。

ふいにあたしの膝から子猫が降りた。そのままコロコロと転がるように猫に近づいていく。

大変、あんな怒っている猫に近づいたら、引っ掻いたりされちゃう。慌てて立ち上がろうとしたあたしより早く、猫が近づき子猫をぺろりと舐めた。

猫にも表情があるのだとしたら、顔をしかめて一心不乱に子猫を舐めている。そして一通り舐め終ると、子猫の首をくわえて植木の方へと運んでいった。



何が起こったのか、あたしとパパは立ち尽くしたまま、口を開けて見つめていた。猫達が居なくなって、初めてお互いの顔を見合わせて吹きだした。

「パパ、口開けてたよ」

「汐ちゃんだって、口を開けてぽかんとしてた」

ひとしきり笑った後、パパがぽつりと言った。

「格好悪いなぁ」

「どうして?」

「だって結局は汐ちゃんを猫から守ったと言うより、猫が勝手に帰って行ったみたいだからね」

パパはちょっと寂しそうに笑った。

「格好悪い…かなぁ。あたしはパパが嫌いな猫と闘ってくれて嬉しかったよ。格好悪くてもいいよ。パパ大好きだもん」

今度は本当に嬉しそうにパパが笑ってくれた。帽子を被ったあたしの頭をにこにこと撫でてくれる。

「そっか。汐ちゃんはパパが大好きなんだ。じゃあ買物に行って、もっと好きになってもらおうかな」

「アイスクリーム買って。二段のやつ」

「いいよ」

そう言ってパパはあたしと手をつないだ。

「ねえ汐ちゃん、猫もパパみたいに自分の子供がかわいいんだね」

「うん。シャーッて凄かったね」


思い出すと怖くてパパの手をぎゅっと握った。パパもぎゅっと握り返してくれる。

「そう思うと猫も人も同じだね」


「そうだね」

「でも汐ちゃん、やっぱりママには内緒にしといて。言うときはパパが言うから」

「わかった。やっぱりアイス三段ね!」

「……了解」

渋々とパパが頷く。




どんなパパでも、あたしは大好き。