深く潜ると静寂があたりを包む。賑やかな上層に比べて魚も少ない。

ゆらゆらとプランクトンが降りてくる。

温かいここでは、雪は降らない。見たことのない雪を見ているようだ。

プランクトンの死骸はさらに深い闇のような深海へ降りてゆく。

どこかに降り積もるプランクトンがあるのかもしれない。

自然のなかでそれはどんな役割があるのだろう。生まれて死ぬサイクルのなかで意味のあることなのだろうか。





彼女へと鎖を巻いていく。
傷つかないように緩衝材をはさみ、緩みなく固定させる。

とうとうこの日がきた。

これからは、離れることなく一緒に居られる。




浮上して引き上げのための合図を出す。

「ジイさん頼むよ」

「おうよ任せな」

発動機から一瞬白い煙りがあがり、巻き上がる鎖の音がする。

それを確認してまた潜る。
彼女に付き添っていたかった。何十年、何百年ぶりに碧い宮殿をでる。外界はどれだけ変わったのだろう。きっと彼女の生まれた頃とは変わっているだろう。

潜っていくと、ぴんと張られた鎖がゆっくり彼女を持ち上げる所だった。

巻き上がる砂が動きだしたことを伝えている。

動いているのかと思うほどゆっくり上がっていく。



ぽろり

なにかが目の端をよぎる。
ぽろり

ぽろり

慌てて一つつまんで確認する。

彼女の破片だった。



あちこちから破片がこぼれ落ちている。
土台やたなびく服の裾、背中、腕……

どうして

こんなことが…

抱き着くようにして破片が落ちないように押さえる。
胸を押さえれば足から

足を押さえれば背中から

絶えずどこからか破片は落ちて深海の暗闇へと吸い込まれていく。



まるで脱皮をしているようだった。



どうして、こんなことに



彼女の顔を仰ぎ見た。

微笑む口元はそのままに、頬には筋が刻まれている。
まるで泣いているように。
ぐらりと大きく揺れる。

腰に入った亀裂から斜めに大きく下が持って行かれる。

かわいらしい踵も、ゆっくりと沈んでいき、暗闇へ吸い込まれ見えなくなる。



そんなに

嫌だったのかい



泣くように頬の切片がはがれ消えていく。



ただ 僕は

君が崩れるのを見ているしかないのかい



引き上げを中止すればいいのか


ここまで引き上げて、また元に戻しても以前の君ではないから。

諦めに似た気分で引き上げに付き添う。

どれだけ君を連れていけるだろう。

君の抗議を受けいれよう。


たとえひとかけらの切片になっても君の存在を感じたかった。

ぐらりと腕が崩れ落ちる。


君が好きだ

そばにいて欲しい