その後も横顔をじっと見続ける葉菜。
 いままでそれに耐えていた委員長がその視線に我慢できなくなって、逆に声をかけてきた。

「あのー……」

「なぁに?」

 葉菜が笑顔で答える。

「視線が痛いです」

「だってやることないんだもん」

 申し訳なさそうな委員長に対して、葉菜のほうがけろっと答える。

「………」 

 言い返す言葉が見つからなくなくなった委員長が居心地悪そうにしながらも、再び机に向かう。
 葉菜は机の上に両腕を組んで、その上に頬をあずけるようにしてしばらく目を閉じた。
 耳を澄ましていると、サラサラとノートの上を走るシャーペンの音が心地よい。その音に聞き入って、いつの間にかウトウトと眠りこんでしまった。 
 寝息を立てる葉菜に、顔をあげた委員長は、その無防備に眠る横顔を見て普段見せないような微笑みを浮かべ、Tシャツの上に着込んでいたチェックのシャツを脱ぐとその肩にかけた。

「ん……」

 眉間をピクリと動かして葉菜は目覚める。ぼんやりする頭で、隣りを見るとやはり先ほどと同じように、委員長がまじめに勉強をしていた。
 寝ちゃった……。
 起き上がって肩にかかる、見知らぬシャツと委員長を交互に見る。

「あ、ありがとう……」

「寒くないですか?」

「うん、大丈夫」

 葉菜が返すシャツを受け取り、気遣ってくれる委員長がいい男だったらなぁと、あたらめて思う。
 やっぱり、そのメガネの下の素顔が気になった。

「じつはね、私、また振られちゃったんだ……」

 ボソッといかにも残念そうに口の中でつぶやく。振られたことに少しは傷ついたけれど、自分が好きな男でもなかったわけだし、たいした傷ではなかった。それなのにわざとらしく、振られた悲しみに負けそうな演技をする。

「今とっても胸が痛いの」

「そ、そうですか……」

 急にそんなことを言われてもと、委員長は困惑しながら視線を外す。

「委員長とは普通に話せるのになぁ……ほかの男の子とふたりっきりになると全然だめになっちゃうの。今、深~く傷ついてるんだけど、私を慰めてあげたいっていう思いやりの気持ちがあるのなら、そのビン底メガネ外して見せてほしいなぁ?」 

「またそれですか……だからダメだといったじゃないですか」

 うんざりしたような顔で席を立ち上がる。

「あれ、どこへいくの?」

「辞書を取りに」

 短く答える委員長の後を葉菜が追いかけていく。
 辞書の並ぶ通路に他の人の姿はない。
 委員長は下の段の辞書を探している。葉菜はある方法を思いついて、一番上の棚に並ぶ適当な辞書を指差した。

「委員長! あの辞書読んでみたいんだけどちょっと取ってくれる?」

 自分では届かないからと、頼む。
 少しずれたメガネを人差し指で直しながら、どれですか? と委員長は顔を上げた。

「あの分厚い本なんだけど」

「分かりました」

 手を伸ばして辞書に触れる無防備な委員長の顔に、葉菜が手を伸ばす。少しジャンプするようにして指の先をカギのように曲げ、委員長の顔にかかるメガネを引っ張った。

「………!」