ある日の事であった。つぼみは、いつもと変わらぬ格好で、茶屋の看板娘として働いていた。いつもの侍、いつもの常連客が座っていた。いつも通りの茶屋だった。相変わらず、お客は笑っているし、呑気に歌まで歌っているし、楽しさは変わらなかった。今日は2つ、いつもと違うことがあった。まず、1つ目は、殿様の息子が城を抜け出したということ、2つ目は、若い、同じ年頃くらいの男性が茶屋を訪れたこと。新しいお客なんて、いつもは気にしないのだが、見たこともないくらい美しい出で立ちと、その声は忘れられない程だった。
「どうも、お嬢さん。茶を煎れてくれないかい?」
「え…?あぁ!ただいま!」
そそくさと茶を煎れ、その男性に差し出した。
「なんていうんだい、名前は。」
「つぼみでございます!」
「立ってないで、横にお座りよ。」
優しく話しかけてくれるその人は、つぼみの心を奪っていった。
「わたしの名前はね、春彦というのだよ。気軽に、春彦と呼んでくれ。」
「春彦さんですね!春彦さんは、15なのですか?わたくし、15なのですよ!」
「つぼみもか!わたしも15なのだよ!」
「同じですねぇ!春彦さんとわたくし!」
いつもは、同じ年と聞いてもなにも感じないのだが、今回だけは違ったようだ。心がときめき、安心したような気持ちになった。
「春彦さんの父様は何をしてらっしゃるんですか?」
「父様と母様は…、百姓だよ。わたしは、今日、貯めて貯めて仕舞っておいたお金で、町に出てきたのだよ。」
服が立派だというのに、つぼみは気にしなかった。
「そうなんですか!」
「殿様に会えるのだよ、わたしは。とても嬉しくてね…。」
春彦は、とても残念そうに言った。
「殿様の息子さんに…会ってみたいな…!同じ年だっていうんですよ!春彦さん!わたくしたちと同じなのですよ!」
「そうかい。…なぁ…つぼみ?」
「なんですか?」
「信頼できる宿屋はあるかい?」
「宿屋…ですか?」
「あぁ…。」
「それなら、うちにおいでくださいな!立派ではないけど…。どうですか?」
「それはいいね。ありがとう、つぼみ。」