夜の教室は危険がいっぱい

 ガシャン!


「………?」

 予想していた、なにしてるんだ! という怒った先生の声が聞こえない。
 恐る恐る目を開けると、ロッカーの中は完全な闇になっていた。

「電気は付けっぱなし、掃除用具入れはちゃんと閉めていない。まったくこのクラスはなんてだらしないんだ。明日のホームルームできつく注意してもらわねばな!」

 ぶつぶつ文句を言いながら教室の電気を消し、次のクラスの見回りに消えていった。
 その後もしばらくふたりはそのままの状態で息を殺して先生の動きを探っていたが、戻ってくる気配がなくなったので、ゆっくりと外へ出る。

「ばれなかったな……」

「良かったー……」

 緊張から開放されてようやく、ふたりして肩を撫で下ろす。 

「うぃー暑かったー」

 安堵の笑みを浮かべながら嵐くんは、白いシャツの胸元をパタパタさせる。

「きっとあいつ、A型だぜ? むちゃくちゃ几帳面!」

「えっ……ぷっそうだね! ふふふっ」

「はははっ」

 嵐くんのひょうきんな物言いに、薄闇の中、顔を見合わせて笑ってしまった。

「さて、さっさと帰ろうぜ! 下校口から出るよりも、1階の窓から出るほうが安全なんだぜ」

 嵐くんの提案で1階へ移動すると窓を開けて、そこからまず彼が外へ出る。

「ほら、来いよ」

「えっ」

 窓を挟んだ外から両手を伸ばす彼。  
 その腕にさっきまで抱かれていたことを思い出すと、再び胸がドキドキして手を取るのをためらった。

「な、なんだよっ」

 沙羅の反応に顔を赤らめる。

「は、早くしろよ。先生来たらやばいだろ?」  

「う、うん」

 ドキドキ、止まれ!
 心の中でドキドキに文句を言いながら、伸ばされた手に軽々と抱き上げられて、簡単に窓の外へ出ることが出来た。

「あ、ありがとう……」

 恥かしさは消えてなくてもじもじと俯きながらお礼をいうと、外灯の明かりが急にさえぎられ、思わず見上げるその頬に、少し屈みこんだ嵐くんの唇が一瞬だけ触れた。

「へっ!? えっえっえぇ~!?」
 
「南井じゃなきゃ」

 途中で言葉を切る嵐くんを見上げる。

「………え?」

「南井じゃなきゃ、こんなことしないから」

「~~~~っ!」

 嵐の大胆発言に沙羅は顔を真っ赤に染める。

「沙羅は、特別」

 そういって、にかっと白い歯を見せて笑う。
 名前、呼び捨て……。
 心臓が跳ね上がる。
 嬉しいとかそんなことよりも、驚いて目を丸くすることしか出来なかった。
 特別。
 そういって笑う彼から目が離せなかった。
 嵐くん。
 口に出してそう呼んでいいの……?
 明日からクラス中の女の子を敵に回しても、この笑顔を見ることが出来るのなら怖くないと思った。


 終わり。