しばらくして、雅が泣きながら下へと降りてきた

「お兄ちゃん……わたしたち別れちゃうの?もう会えないの?」


「雅……会えるよ、また」

俺はいそいで言った


お母さんは俺の方さえ振り向きもしなかった。雅がパパ、お兄ちゃんと泣くのをむりやり引っ張っていく


「母さん‼︎‼︎」


俺は叫んでいた


「まだ雅は5年生なんだよ?…俺はまだ中学生なんだよ?……俺は母さんの息子なんだよ?」



母さんは玄関で一瞬振り返った。……息子を見つめる母親の目だった。でも、次の瞬間にはすぐに前を向き、雅を連れて……出て行ってしまった



残された、静寂。



頭がボーッとする。父さんの浮気、両親の離婚……そんなのは、今の時代どこにだってある


ただ、ひとつ…堪えられないのは



「…母さんは…………俺を…捨てた」


父さんと里絵さんが振り向く。さすがに悲痛な顔を父さんはしていた



……俺は、その瞬間から記憶がない。父さんのはりついた悲しい顔が最後の記憶。たった1週間で、俺の生活は根本から崩れた。


そして、気がついたら、俺は中学生を卒業して、地元の高校へと進学していた。母さんにも雅にも会うどころか、便りさえない



母さんは息子である俺を捨てるほど、変わってしまった。そこまで追い詰めたのは、俺の父さん。母さんが俺にくれた…メノウ。あれは最後に母さんが残した、教訓だった。いや、教訓よりももっと重い…戒め



捨てたかった。そんなものにとらわれずに、人を愛し、愛され、自由に生きたい……


あの朝そう思って、ようやく捨てようとしたのに……凛に出会ってしまった





凛……母さんがあれほど女を好きになるなと言ったのに、好きになってしまった



あの運命の朝。俺は…出会ってはいけなかったのかもしれない


凛を苦しめることになるかもしれないから……