キミはまるで海のようで

父さんか離婚届を持って帰ってきたのは、一週間後の日曜日だった。……父さんが浮気した女を連れて



「申し訳ございません」



その女は、家の玄関で深々と母さんにお辞儀した。すごく若い人だ。長い髪の毛は暗めの茶色だけど、巻いていたし、化粧も濃かった


母さん顔がさらに青ざめていくのを見て、俺は


「母さん、とりあえず中に…」

と言ってその女の人も一緒に中にいれた。顔を上げた女の人は母さんに負けないぐらい美人だけど…濃い化粧にきつめの顔で、俺は直感的にこの女の人が嫌いになった


「…真由美、俺はこの人と…里絵と結婚する。本当にすまないが、別れてくれ」

父さんはリビングのテーブルの上にすでに父さんの署名がしてある離婚届を静かに出した


雅が二階から下に降りてきたとき、母さんは何も言わずに実印を押し終えたところだった


「…和と雅の教育費と生活費は、ちゃんと銀行に毎月振り込んでおく。…二人が自立するまで。それは約束する。」


そして父さんは俺の方を向いた

「……和、母さんと雅を頼む」

そう言うと里絵さんを促して、玄関に向かおうとした

「まって……」

母さんが初めて口を開いた

里絵さんと父さんが振り返る

「……最後に聞かせて。わたしのどこがいけなかったの……」


怒りはその声に含まれてなかった。ただ、無力な悲しい声だった

父さんが目を開く。まるで、こんな母さん初めてみたとでもいうみたいだ

「……真由美は何も悪くない。…ただ、」


父さんが少しだけ微笑んだ。悲しい笑みだった



「母さんは、俺がいなくても…何もできる。…里絵は、俺がいないと…守ってあげないと、いけないんだ」


そのとき、母さんの顔に怒りが浮かんだのがはっきりわかった。あの時…父さんの浮気がばれたときの怒りなんてもんじゃない。こんなに怒った母さんを初めて見た



「それは、あなたが!あなたが何もしてくれないからよ!!私がどれだけ辛かったと思ってるの⁉︎…あなたは…あなたは、気づいてくれなかったのね!」


父さんがびっくりする。俺もびっくりした。母さん…ずっと一人で頑張ってたんだ……



「もういいわよ!雅!大事なものを持って来なさい!早く‼︎カバンにつめるのよ!」


「母さん!」「真由美!」「ママ⁉︎」

俺と父さんと雅の声が重なる。母さんはものすごい勢いで、大きいカバンを取り出すと、貴重品や服を中にいれはじめた


今にも泣き出しそうで動けずにいる雅を母さんは無理やりどなって、支度を始めさせた



里絵さんはぴくりとも動かない。ただ、顔が真っ白なのは、化粧のせいだけじゃない気がする


父さんは母さんをとめようと必死になっていたそれでも、母さんは耳もくれない



俺は、ただ一つのことのみにとらわれていた



……母さん、なんで雅の名前は呼んだのに俺の名前は呼ばなかった…俺をおいていくってこと?