「信心は役職でもないし年月でもないとよく言われます。御書には
とにかくお題目をあげ通しなさい。何が起ころうとも真剣にお題目を
あげなさい。気を抜いてはなりませぬ。と、いたるところに書かれています。
この一点を忘れた時、地獄へまっさかさまに落ちていく、ということかな」

なこは克彦の頬を撫でながら、
「そういえばパパのお題目なんてここのところほとんど聞いてないもんね」
「あ、さっきたたき起こされたとき夢を見てたんだ。狸の嫁入り!」
「なんですかそれは?」
「可愛い可愛い狸の子娘が年下の少しボーとしたトトロの子と友達になって
少しづつその超能力を引き出していくという物語」

「ひょっとしてその狸ってわたしのこと?」
「かもね?」
「トトロの子って?・・健吾君?」
「・・・」
無言で治は微笑む。まなざしは真剣だ。なこは視線をずらし微笑みながらうなずいた。
「あり得ない話ではないよね、フフ」
「あり得る話であってほしい、私としては。・・ぜひ夏にでも一度京都に遊びにおいで」
「それは是非一度は京都に・・・・・」

その時騒々しい足音とひろこの甲高い声が聞こえた。
「ここは病院なんだから静かにしなさい!」

午前10時過ぎ再び全員が集合した。竹山さんもいる。
皆がいれば克彦も安心なのか酸素は75で安定している。
大騒ぎをしながら交代でサンドイッチの食事を済ませる。

11時過ぎこれからレントゲンと体拭き部屋の掃除がありますので
皆さんで出てってくださいと追い出された。
「じゃあ私たち部屋の後片付けがあるからちょっと帰るわね。あと
お題目よろしく!何かあったら電話して」
ひろこが子供たちと出ていく。

なこと竹山さんと治が残った。
「お部屋のお掃除終わりましたよ」
そう言われて3人が病室に入る。看護婦さんが一人残って水枕を直している。
「少し熱があるみたいで」

その時なこが叫んだ。
「あらっ、呼吸が止まってるわよ。パパ、パパ、パパ!」
「大変!担当医呼ばなくちゃ。心臓も0だわ。すぐご家族呼んでください!」
竹山さんが電話する。
「ひろこさん?今克彦さんの呼吸が止まった。心臓も酸素も0です」