その時看護師が病室が終わりましたと報告に来た。
三人で戻る。酸素は75で安定しているようだ。
顔は向こうむきになっていて少し熱があるので水枕に替えてある。

ヒュウ―カクン。ヒュウ―カクン。ヒュウ―カクン。
相変わらず同じ調子で酸素マスクは息づている。

「ずっと枕もとでお題目あげ続けてますからいいですよ」
治は椅子を引き寄せ静かにお題目を上げ始めた。
二人は今後の打ち合わせのためにそっと病室を出ていった。

夕刻みんながどやどやと入ってきた。ひろこの声がひときわ響く。
「お義兄さんこの牛丼でいい?卵付!」
「ああ十分です。酸素は安定してるようだから適当にベッドで眠ります。
今晩はゆっくり皆さん休んでください」

「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
皆一同に頭を下げて出ていった。
すぐにひろこがバナナを持って戻ってきた。

「竹山さんいい人だね。なこ、あと添いになんてことは?」
「あり得ないわよ。何考えてるのお義兄さんは?」
「うん、うちの健吾もいい奴なんだけどなかなか縁がなくて京都の最大の
悩みなんだよ、いま32」

「まあ光栄なこと、きれいにお化粧させなくちゃあね。選択支の一つとして
は、あり得るかもね」

全く話になりそうもないか?今それどころでないのは百も承知の上だったが。
ついつい口をついて出てしまった。

「バイバイ!」
手を振って笑いながらひろこは病室を出ていった。
『こっちは本気で真剣なのに。もし一緒になって男の子が生まれたら、
それは松村家の唯一の世継ぎになるんだが』

そう考えながら治は再び腰を据えてお題目を上げ始めた