食事を済ませ病室の子供たちと交代する。ひろこが、
「お経をあげておられたせいでしょうか?酸素は75に安定したままですって。
看護婦さんが感心してたわよ。お義兄さん、さすがね。いいお声ですって」

関東弁で褒められてもちっとも褒められた気がしない。
「私たち茂原の実家まで帰ってくるからその間いい?」
「もちろんいいですよ」
治となこと竹山さんはうなづいた。

子どもたちが出ていくと入れ替わりに看護師が3人入ってきた。
そのあとに掃除機みたいなレントゲン撮影機と医師二人。
「レントゲン撮影の後身体をお拭きしますのでホールの方へお願いします」

治となこと竹山さんはホールの隅のテーブルに腰かけた。他に誰もいない。
治の前になこと竹山さんが並んで座っている。
「パパと一度だけ大ゲンカしたことがあるのよ。殴られそうになったことが」
治と竹山さんは身を乗り出してなこに注目した。

「アキ姉ちゃんと竹山さんの結婚式に私でないってダダこねたの」
なこは昔を思い出すようにゆっくりと語り始めた。

「進学で悩んでいた時だったわ。アキ姉ちゃんとパパとはとても仲が良くて
いつも姉ちゃんは甘えてた。どんなやんちゃをやっても許してた。やさしくね。
ところが私は年の離れたトコの面倒を見ながら母の言うとおりに勤行をし
会合にも出かけた。アキ姉ちゃんにはきつく言わないのに私にはとても厳し
かったのよ。だからバレーにすべてをぶつけたの。逃れるために」

「・・・・・・」
「それが終わった時。アキ姉ちゃんの結婚が決まり、私のストレスは爆発した。
パパは真剣になって怒ったわ。『なこ、それはまちがってる。竹山さんの立場は
どうなるんだ?』それはそれは今にも手が出そうな剣幕だった。ごめんなさいね、
竹山さん」

「いえいえ、そうだったんだ」
「そのあとじいちゃんが亡くなりパパの事業が行き詰まって教職もアルバイトを
しながら自力で取りました。そして千葉教育特区に再就職。やっと蓄えた
結婚資金は去年のアキ姉ちゃんの急死から母に全額・・・・」

なこは竹山さんへのわだかまり、ずっと抱えていたんだろうな、思いっきり吐露
してすっきりしたのか明るい顔で、
「でもいいんです。パパには一杯いい思いをさせてもらいましたから」

「これからは自分の幸せのために頑張ろうよ」
治は素直な気持ちでこの言葉がついて出た。
「自分の幸せのために?」
「そうさ。すべてが吹っ切れたんだ。克彦もそれを一番望んでいると思うよ」
竹山さんも大きくうなづいていた。