陸の言葉は意外なものだった。
てっきり、あの男はこの家に入り浸っているものと思っていた。仕事というのは本当だったのか、それとも、他にも女がいるのか。
いや、それはないはず。あの男のいく先々は全て調べたのだから。
「ただいまー」
陸が持っていた鍵で玄関の扉を開ける。その声と音に反応したかのように、奥からパタパタとスリッパの音が聞こえた。
「あら、お客さまなの? 陸」
廊下からわたしたちを迎えた陸の母親は、息子から何も聞かされていなかったみたいだ。驚いたように目をぱちくりさせながらわたしを見、そして陸へと視線を移した。
父親の愛人――目の前の女のことは、以前から一方的に知っているが、間近で見るのは初めてだ。ふわりと柔らかな雰囲気のある、見た目はおっとりした女。どこか母と似ている、そう思ったのは気のせいではないかもしれない。
「そう、部活の先輩」
陸は少しぶっきらぼうに言った。
まあ、嘘ではない。
「菅原紗己子です。お邪魔します」
わたしは軽く頭を下げ、目の前の女を見た。正直言って、父がこの女にどんな風に話しているのかまでは分からない。
もしかしたら、父の娘だと気づくかも。

